疲れた体を癒すために熱めのシャワーをする。本当ならちゃんと湯船にお湯を張ってゆっくりと浸かりたいところだけど、一刻も早く寝たい気持ちが勝ってしまった。髪を乾かすことすら面倒に思いながらも何とか全てをやりきり、早々にベッドに潜る。この一番確認する気の出ないタイミングで届いたメッセージには気づかなかったフリをして、今日はもうさっさと眠ってしまおう。
……と、いうわけには残念ながらいかなかった。
「誰だこんな深夜に!!」
実際には深夜と言えるような時間ではまだまだ全然ないんだけど。それにしてもピロピロと耳障りな通知は止まることがなかった。雑に枕元のスマホを掴み取る。どうせ角名さんとかその辺りの犯行だろう。
:korai.volleyball0416 がストーリーズに追加しました。
画面に並んだその文字を見て飛び上がって起きた。別に直接連絡が来たわけでもなんでもない。ただのSNS更新通知だ。でも星海さんがこんなにも連投するのはとても珍しいことだ。今すぐに確認したい!まだ寝てなくてよかった……!!
一つ一つに目を通して、それら全てにいいねを押していく。赤く浮かび上がったハートマークに満足をし、スマホを胸に抱えながら、幸せを噛み締めるようにボフッと勢いよく背中からベッドへと倒れ込んだ。更新されたストーリーには他の代表メンバーと仲良く食事をしている動画や、ふざけあうように撮った写真が載っている。
「……………」
ギュッとスマホを握りしめ目を瞑った。尊いが溢れ出すと人は言葉も何も出てこなくなるのだ。新規の投稿も増えていて、それを自分のストーリーにシェアする形で載せた。自身の感想も一言添えて。鍵のついたアカウントだから相手にはバレない。繋がっている友人たちはいつも「あんたのせいで全然知らないけど星海って選手の投稿を一つ残さずいつも見てる」なんて笑われる始末だ。
友達が何か反応してくれたのだろうか。アクティビティのところに通知が来た。不思議に思って押してみると、知らないアカウントからのフォローリクエストが届いている。
ホーム画面に飛んでもプロフィールも書いてないし、アイコンもよくわからないし、素性が何もわからない。こんな身内しか繋がっていない鍵アカウントになんの用があるんだろう。怖いし、リクエスト拒否しておこ。
そう思ったのに、誤って隣のボタンをタップしてしまってフォローを許可してしまった。慌ててブロックをしようとしたら、また焦ったせいでミスって今度は自分が相手にフォローリクエストを送ってしまう始末だ。
「やばい、バレないうちにブロックしなきゃ」
独り言が多くなっていることに気がつきもせず、あたふたとスマホをいじっていたらすぐにリクエストは許可されてしまい、その相手からDMが来る。
どうせよくわからない副業のお誘いとかそんなんだろう。スマホを見ているだけで月十万!みたいな。全然興味はないけど、一応どんな内容が送られてきているのかだけ、ブロックする前に目を通してみることにした。
『俺の表のアカウントフォローしてくれてると思ってなかった』
いやお前誰だよ。
素直な感想だった。表ってなんだ。とりあえず触れちゃいけない人だろうなと思って、再びブロックをするために動き出そうとすれば、返信していないのにまた追加でメッセージが飛んでくる。
『俺が誰だか分かっててリクエスト許可してくれたの?』
「何だって?」
飛んできた見知らぬ人のメッセージに、わざわざこうして反応をきちんと一人口で返しているなんてなかなか滑稽だとも思う。いきなり馴れ馴れしく話を進めてくるヤバいやつをこれ以上相手にするのは疲れるだけだ。今度こそブロックをしようともう一度スマホを覗きこんだ。
ブロック。その文字をタップする直前に急に画面が切り替わる。驚いて相手をあまり見ないまま思わず受話器ボタンを押してしまったじゃないか。スマホ越しに聞こえてくる声に警戒心を強める。こんな夜に、一体何の用だ角名倫太郎。
『ブロックしないでよ』
「……え?」
『だから、ブロック、すんなよ。今フォローしたじゃん』
「あのアカウント角名さんなんですか……」
うん、俺。そう言った角名さんの声から、姿は見えないはずなのに嫌な笑みを浮かべていることが簡単にわかった。そしてすぐに送られてくる画像。先程載せた私のストーリーと、他の数々の投稿写真。そしてまとめていたハイライトのスクショたち。
「待って何これ!いつのまに撮ったんですか!?早!まだ繋がったばっかじゃないですか!!」
『こんなもん秒でしょ』
「怖い!やっぱブロックする!」
『してもいいけど俺はこのスクショもう押さえてるからね』
私の投稿内容はほとんど星海さんがカッコいいとか、これ美味しかったとか、行った試合の会場やチケットの写真とか、友達と遊んだとか、星海さんがカッコいいとか……。その中でもハイライトにまとめているのは主に星海さんバレー関連のみだ。
別に協会の裏側を激写しただとか、選手達のプライベート事情だとか、愚痴を投稿しているわけでは決してないし、どこをどう見ても世の中に溢れているただのバレー選手ファンの日常アカウントみたいなものだ。角名さんへの愚痴も一切漏らさない徹底ぶりである。ここで繋がっている少数の友達すらも、私がバレー関連の仕事をしていることは知っているけれど、こうして星海さんにも関わる立場の仕事をしていることは知らないと思う。
だからバレたらやばいような変な投稿は何もしてないけど!変なことは、してないけど!それでも嫌なものは嫌だ!!
ここの写真たちが出回ったら、Twitterに載せている写真が僅かに被っているからあのアカウントが私だと星海さんにバレる可能性もある。素性を隠すようにして使っているTwitterのアカウントでそのままリプも送っているのに。
でもリプに写真添付してるわけじゃないから、わざわざ一人一人のアカウントに飛んで通常のツイートをみたりとかそんなことはしないか。それでバレるかもなんて自意識過剰すぎるかもしれない。けど、もしものもしもで星海さんにバレたらどうしよう。恥ずかしすぎる!
「……何が目的ですか」
『目的?』
「何を狙いでわざわざこんなインスタのアカウントの特定を?」
『……仲良くなりたかったから?』
「うわ……絶対嘘だ……疑問系でそんなこと言わないでくださいよ。というかなんでわかったんですか!」
『前に丸尾とインスタのエフェクトのオススメ見せあってる時アカウント見えた』
「あの会話角名さん入ってなかったじゃないですか!」
『後ろにいたら見えるんだよ画面が。ミョウジさん小さいから嫌でも』
当たり前でしょというように言った角名さんに、たぶんこれ以上はなにを言っても無駄だと悟る。見えてしまっても探し出すな。
Twitterに載せてるものと被る写真やストーリーとかは全部全部削除してしまおう。ブロックしたら何されるかわからないし、このまましばらくは様子を見ることにする。
「明日から角名さんの前ではどんな話題でも絶対スマホいじりません」
『うん、頑張って』
「なにその言い方!なんかむかつく!」
『そういうこと言ってていいの?』
「嘘です角名さんからの頑張れなんて物凄くやる気出そう〜今なら何でもできる気分〜」
『じゃあ明日来る前にこれ買ってきて』
「嫌です」
『おやすみ』
「ちょっと!!角名さん!?あっ本当に切った!」
静かになったスマホの画面を、信じられないという表情で見つめる私のもとにメッセージが届く。おそらく買ってきて欲しいと言われた品物だろう。絶対に動いてやるものか。スマホを伏せるようにしてベッドへ叩きつける。そのまま私も目を閉じた。
翌朝、一応ということでまだ見てもいなかったメッセージを確認した。これ本当にいる?と疑問に思うようなものだったけど、朝の支度をしながら、通勤中、ずっと買うか買わないか頭の中でぐるぐると考え続けてしまって、その思考に支配されるのが鬱陶しくて結局買った。
買わずに行ってもよかったけど、そしたら一日中このことを考えてしまいそうだったから。どこか特別な場所へ赴くこともなく、その辺のコンビニで購入できるレベルのものなのもまた憎い。
朝一でそれを手渡しに行った時、顔を顰める私に向けて「ありがとう」と笑顔を作った角名さんのなんとも愉快そうな表情が、またさらに憎らしかった。
前 ― 次