「飛雄くん、知っとるか?」
「なんすか」
「この米一粒にはな、七人の神様が宿っとんねん」
「!?」
「土・風・雲・水・虫・太陽、そんで作り手。つまり北神や」
「キタシン」
「残さんと食べるんやで。いつどこで見られとるかわからんからな。俺は米は残したことないけど何回も怒られた」
「宮さん、キタ神に会ったことあるんですか」
「おう、何なら毎日会ってたな。ちなみに飛雄くんも会ったことあるで」
「!?」
「北信介、覚えとるやろ」
「稲荷崎の元主将……どうりで雰囲気が」
ハイハイ騙されないよ影山ー。と、それまでずっと黙っていた鬼頭さんがついに口を開く。それを合図に、頑張って今まで我慢していたのであろう鳴砂くんが「ブワハハ」とお腹を抱えて笑い出すのをBGMに、私は皆さんに配る今後の動きをまとめた数枚の資料を各部用意していた。
「……嘘なんですか」
「こんなに信じてもらえるとはなあ」
「でも七人の神様がいるのは本当ッスよ!」
「まじすか。この小せぇ中に」
「いろんな人や手間がかかって作られてるから一粒一粒感謝して食えってことだな」
トントン、と数種類ある山から流れるように一枚ずつ取って重ねたプリントを整える。聞こえてくる会話に参加したら終わりなので、ひたすら心を閉じながらホチキスでそのプリントたちも綴じていく。
ここにいるセッター組の皆さんは、コートの中に入ると途端に頭が切れて思考も最速。視野も広く、あらゆる情報を駆使し誰よりも色んなことを考えている。――はずなのに、コートの外へと出るとこんなにも緩い。
「なぁなぁナマエちゃん、そういうの紙やとめんどいからメールにならへんの?時代に乗ってこ」
「そっちの方が私も楽ですが、私にはどうにもなりませんのでそのような意見は上に言ってください」
「俺も紙でそういうのもらっても文字読むの嫌になっちゃうんスよね」
「それはメールにしても結局読まないのでは?」
「ハイハイお前らミョウジさんの邪魔しない」
みなさま、鬼頭さんの存在がこの短いお時間だけでもとっても重要で貴重なのだということがおわかりいただけるだろうか。年長組は揃って落ち着いていて常識人ばかりだ。いや、若手中堅の方々も常識はあるか。あまり落ち着いてはいないだけで。
あと数年もしたら、こんな感じに皆さんにも年長のオーラが出るのだろうか。と、随分静かになった影山さんの方に視線を向ければ、どこかからかやってきた日向さんと何やら無言でジリジリと睨み合いをしていた。うーん、あと数年くらいじゃきっと無理だな。
「ここにいる皆さんの分置いておきますね。各自一部ずつ持っていってください」
はーい、と返事だけはいいのがここの人達。放っておくと大変なことになるけれど、今この場には鬼頭さんがいるから大丈夫だろう。
自由時間ともなるとみんな好き勝手にうろちょろし出すので、この時間内にどうにか配り終えたい。足早に各ポジションのリーダー的立ち位置の方々にまとめて手渡していく。思ったよりもスムーズに配り終えることが出来て、このまま今日は早く上がれるかもなと気分が良くなっていると、ブルブルと胸ポケットの中に入れていたスマホが震えた。
「はい、ミョウジです」
『俺だけど』
「……詐欺ですか?間に合ってます」
ピッ。と気持ちの良い音と共に通話を切った。名乗らない人と話すことはない。着拒しとくか。再びスマホを起動すれば、どこかで見てるのか?というタイミングで『今星海と一緒にいるんだけど話して良いの』とのメッセージが送られてくる。……く、くっそ〜っっっっ!!
なんですかと短い返信を打てば、『ここにきてほしい』という文字とともに、目がうるうるしているあの絵文字とピースの絵文字が送られてくる。ふざけてやがるな。きっとこの絵文字を打ち込みながらも、いつもの無表情は変わらないんだろう彼を思い浮かべてイラっとした。来て欲しいというだけで要件を伝えてこないことにも。
「なんですかこんな所に」
練習を終えた皆さんがここに戻ってくることはほとんどない。ロッカー室の隅でスマホをいじっていた角名さんが片手を上げる。
てか、あれ?星海さんは?一緒じゃないの?とキョロキョロしながら思っていれば、言いたいことを悟ったのか「いるわけないじゃん」と馬鹿にしたような顔をするからまたさらにイラッとした。
「今時間ある」
「ないです。早く帰りたいのでこれから帰り支度します」
「つまり暇ってことだ」
「ふざけんな」
チョイチョイと手で呼ばれるも、どうするかとその場で佇んでいると「星海いまTwitter更新したね」とその画面を見せてくる。そのまま私のアカウントを検索して「多分今もTL見てると思うから、このタイミングで引用リツイートしてあげようか」と操作をしだすのを阻止するために、陸上選手もびっくりな速さのスタートダッシュを決めて駆け寄った。
「なんて事しようとしてんですかムリムリムリムリ」
「じゃあここ座って。そっち向いて」
ハイおやすみ。十五分後に起こしてね。と、それだけを言った角名さんは全体重を私の左半身に乗せ、気持ちよさそうな寝息を立てた。
待って待って重いって!いくら座ってるからってこの人自分の身長と体重をわかっているのだろうか。支えきれない私はズルズルと右側に傾いていって、すぐ隣にある壁にぶつかる。メリメリいってる!体が!体が!体からミシミシ音がする!左側を天敵、右側を壁で挟まれた。最悪な形だ。
「い、いたい……重い……」
「うるさい。睡眠妨害」
ギュムッと口を押さえられて何も言えなくなった。んー!と抵抗するも、今度こそすやすやと本格的な寝息を立て眠りの体勢に入ってしまった角名さんに、その訴えは届かない。
ちょっと!マジで重いし!てか手が大きすぎて口どころか顔が覆われてて息しづらいし!離せ!っと静かに暴れてみるもビクともしない。
「……本当に寝てる?」
動かなくなった角名さん。体の力が抜けた事でこちらに倒れかかってくる力がさらに強くなって、本格的にギュウギュウと押し潰される。これ、絶対体の側面赤くなってるって!
「十五分経ちましたよ」
ここまでしっかり寝られると起こすのも憚られるが、これ以上ここで寝られても困る。心を鬼にしてゆさゆさと揺するも何も反応はない。仕方がなく「十五分!経ちましたよ!起きてください!」と耳元で叫んでみると、大きな手のひらで今度は口ではなくガッと顔面全体をおさえられた。
いっ、いってぇぇぇぇ!!何!?私の顔を目覚まし時計かなんかと勘違いしてない!?止め方が完全にアラームと一緒なんですけど!!あまりの衝撃に「ぬぅわぁぁあぁぁぁあ」と呻き声をあげていたら、のそっと起き上がった角名さんが、ものすごい顔をしながら「……るっさ」と小さく吐き捨てた。
……人殺した?みたいな顔をしている。ヤバい人だ。この人絶対やばい。私の弱みを握り脅しながらいろいろ命令してくる時点で既にやばい人だけど、それにしても怖い。寝起きこんななのこの人。小さな子供が見たら泣いて逃げ出してしまう。ちなみに私も怖くて泣きたい。
「そんなに寝起き不機嫌なら一人で寝てくださいよ」
「本当はそうしたいんだけど、今一人で寝たら起きれない」
「じゃあ起きててください」
「それが無理って日もあるじゃん」
「じゃあ部屋戻ってください」
「あのうるさい奴らの誰にも会わずに辿り着ける気がしない」
「だからって私を呼ばないでください」
「枕欲しかったし」
「素直だな」
ふぁ、と欠伸をする角名さんに背を向けて、「早く帰りたいので失礼します!」とドアへ向かう。すると珍しく気の抜けたような力のない声が届いた。
まだウトウトとしている角名さんに「もう寝ないでくださいよ!?まだ今の時期体冷えるんですから!あとこれ以上は体を痛めかねないので、寝るなら場所を考えてちゃんと寝てください!」と一息に注意してからそそくさと部屋を出る。
「ばかみたいに世話焼き」
そう言って小さく笑った角名さんの声は、帰宅を急ぐ私の耳にはもう届くことはなかった。
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