「黒尾さん……あの……」
「ん?どしたミョウジ」
「私は本当にあそこでやっていけるのでしょうか……!!」
先月、バレーボール日本代表の選手たちの発表が一般にも行われた。選出された二十七名は間違いなく今の日本バレー界を率いる実力者揃いだ。そんな選手たちがチームの垣根を越えて一堂に会するのだから、Twitter等のSNSやファンの中でもとてもとても話題だ。
私はそんな日本代表チームのサポートを務めることとなった。スケジュールや備品の管理、大会や合宿の運営に関するあれこれのいわゆる雑用係だ。
もちろん発表前から裏では選手らも含めて既に動き出しているわけで。顔合わせや日程確認、他にもいろいろ調節を重ね今月頭、つまり先週四月上旬から月末にかけて、第一回バレーボール男子日本代表合宿が行われている。
華々しく個性的なプレーに圧倒される日々。最初はワクワクが止まらなかった。間近で選手たちの練習が見れて、仕事は大変だけれどそんな辛さも吹き飛ぶくらいに満たされていたのだ。こう言うとじゃあ今は違うのかと思われるかもしれないが、もちろん今もその気持ちは変わってはいない。けれど大きな、大きな問題があるのだ。
「選手みんな曲者すぎてついていけないんですけど……!」
そう、華々しく個性的なのはプレーだけではない。選手個人個人の性格もなのだ。一癖も二癖もある人間が二十七人も揃ったらどうなるか。その大変さはそりゃもう言葉には表せない。素行が悪いとかでは決してない。全員、良い人達だ。一人一人しっかり見ていけば。でも集まるととんでもない。
「それに関してはご愁傷さまとしか言えねぇわ」
「私は正直、黒尾さんに初めてお会いした時もこの人クセすごいなと思ってビクビクしてたんですけど、黒尾さんよりもやばい人達がゴロゴロいて本当にどうしようって思ってます。どうすればいいですか」
「……そんな唐突に俺のこと打ち明けんの?ひでぇな。どうしようって言われても黒尾サンにもどうしようも出来ませんね」
まぁ木兎に関しては何かしら褒めときゃ大丈夫だから。と何故か木兎さんへの個人的なアドバイスだけくれた。飲め飲めと注がれたお猪口を一口で煽る。
「おーい一気はペース早すぎ。明日も仕事あるでしょうが」
「今だけでも全部忘れたい……」
「そんなに?……まぁそうだよな、アイツらだもんな」
「知多さんと九戸くんだけが癒しです」
「日向とかは?良い子じゃん」
「日向さん自体は癒しなんですけど……!でもあの人の周りにはいろんな人が絶えず集まってくる……!」
黒尾さんの傍においてあった徳利を奪ってそのまま口をつける。「あー!お前まじで明日どうなっても知らねぇからな!」と焦った声が聞こえるも無視した。ゴクゴクと日本酒には似つかわしくない音を立てながら全て飲み干してテーブルに勢いよく突っ伏す。
「あーもー。夜久に優しくしてあげてネって言っといてやるよ」
「夜久さんは!めちゃくちゃ良い人です!最高!」
「へー、そりゃ良かった。あとまだ優しそうなのいるじゃん。古森とかさ、猿杙も優しいだろ?」
古森。猿杙。その名前を出した瞬間に黙り込んだ私を見て不思議そうな顔をした黒尾さんは「なに、どしたの」と眉を顰める。
確かに古森さんはとっても優しくて、明るくて、あの難しい性格をしている佐久早さんをしっかり見ててくれる頼りがいのある人だ。猿杙さんも、人懐っこくてこんな私にもフレンドリーに接してくれて、とてもしっかりしている。
でもその二人のチーム、EJP雷神にはあともう一人代表選手がいるのだ。
「ううっ……」
「あ!?いきなり泣くな、どうした?」
「もうやっでいげない……!!」
クールな顔立ちから想像出来る通りに落ち着いていて、大声で騒ぐタイプではない。だからといって全く話さない訳でもなく、無表情がデフォなだけで意外にも柔らかな顔もする。周りの選手たちとの仲も良好だし、口調もきつくない。たまに宮さんにしつこく絡まれて呆れた顔をしているのを見かけるけど、思ってたよりも好印象で最初はとても安心した。
『角名倫太郎です。よろしく』
たまに廊下ですれ違った時も挨拶をしてくれるし、初めて会話をした日は改めて名乗ってくれるような、言葉数は少ないけど優しい印象だったのに。
『そうだ、前から聞きたかった事があるんだけどさ』
ほわほわとしている同チームの二人に囲まれて、一緒になってまるで害なんてありませんよなんて顔をしている。冷たそうではあるけれど悪い人なんてイメージはその雰囲気からは持たない。
『これ、ミョウジさんのアカウントだよね』
スマホの画面を見せながら、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろすその顔を見た時、あぁ、これがこの人の本性か。と、そう思った。鍵を掛けていなかった私が悪いけれど、それにしても何で貴方が知っているんだと背中が冷える。
「ホントに大丈夫かよ……っておい、寝てんのか?」
ゆさゆさと揺すられるその感覚が気持ち良い。体を巡るアルコールで頭も心もふわふわして、どこにだって飛んでいけそう。高い高いところまで。それこそ、あの人みたいに。
そんな幸せな感覚に包まれていたのに、あの日のあの人のあの言葉を思い出した途端にその心地良さがガラガラと崩れ落ちて、真っ暗な空洞に放り出されたみたいにヒヤリと心が冷えた。
『星海にバラされたくなければ、俺の言うこと聞いて』
暗闇の底で静かに獲物が罠にかかるのを待っている。あの人は人の皮を被った化け狐だ。
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