理石平介と始まりの季節


◎2023年3月企画


もうすぐ学年が変わる。蕾を日に日に大きくふっくらとふらませているものの、来たる季節を代表する花、桜はまだ咲かない。

一年生ながらこのクラスはとても仲が良くて、修了式を終えてすぐの週末、すなわち今日は、一年間のお疲れ様会と称してクラス会なるものが開催されている。

いくら一学年の人数が多いとはいえ、この中の数人はきっと来年も同じクラスだろう。けれどその数人が今仲良くしている子とは限らない。離れ離れになる可能性はとても高くて、それだけは少しだけ心配だけど、来年もこうして和気藹々としたクラスメイト達に恵まれればいいなと思っている。

そして、きっと多くの学生達がこうも思うだろう。なるべく好きな人と、また同じクラスになりたい、って。

向こうに座る理石くんはついさっき来たばかりだ。男子バレー部は全国大会の常連で、部活動が盛んな我が校の中でも特に盛り上がっている部活である。そこに所属するからには土日休日も潰す覚悟なのだろう。

惜しまれながら解散となったこの会。ばらばらと散っていくみんなに紛れて私たちも帰路につく。同じ方面に歩き出して自然と二人きりになった、という体で過ごしているが、実はこの道は少し遠回りだ。けれど、隣を歩く彼はそのことには気が付いていない。


「腹一杯やー。痛くなりそう」

「短時間で詰め込んでたもんね」

「せっかく参加すんのに全然食べられんのはもったいないなぁって。……なんかダサいな」

「ううん、私も同じ立場だったらきっとそうしてる」


偶然席も近かったし、よく話してはいた。私も彼も異性に対してそこまで馴れ馴れしくはない方だから、それを考えるとかなり良いポジションは獲得できているとは思う。

たった数秒間だとしても生まれてしまった沈黙に少し気まずくなるのは、二人きりでいれているこの時間をつまらないと思われるのが嫌だっていう恋心がざわついているからなんだろう。

もうこの沈黙を利用して告白してしまおうか。いくら同じ学年だとしても、クラスが離れてしまったら会いにいく理由は限りなく少なくなる。仲良いとはいえ教科書や何かを借りにいくほどかと言われればそれは違うし、異性にそうやってぐいぐいいけるような性格を私自身もしていない。

横を見ると彼と目が合った。緊張した面持ちでこちらを見る彼にびっくりして思わず逆に体の力が抜ける。どうしたの?と問いかける私の声を遮るようにして彼が口を開いた。


「あの、ミョウジさん」


彼はそのまま一旦口を閉ざし、太陽が傾きはじめ少し冷えてきた空気を大きく吸う。そしてゆっくりと吐き出して、一瞬伏せた瞳をまたこちらに向けた。


「……好き、なんやけど、俺、あの」


桜色に染まっていく頬を眺めながら、彼の発した言葉の意味を受け止める。何も言わないままじわじわと驚きを表し固まる私に、それよりももっとガチガチに固まった彼が「突然ですまん!最後だから言っとことか思ったりして……迷惑よな」と言って両手を体の前でブンブンと振った。


「ふふ」

「……えっ、何、笑っ」

「緊張しすぎ。全然迷惑じゃないし、私も好きだよ、理石くんのこと」


大きな体をピシッと伸ばして、「ほんまか」と小さな小さな声を出す。うん、と言って彼の目をしっかりと見つめれば、彼はヘナヘナとしゃがみ込んで両足に顔を埋めた。


「……夢みたいや。いや夢かもしれん」

「現実だよ。断られると思ってた?」

「結構仲良かったし、もしかしたらとは思っとったけど、正直賭けやった」


彼の横に同じようにしゃがんで背中にそっと手のひらを添える。顔を埋めたままこっちを向いた彼が、「断られたらメンタル筋肉痛どころじゃすまんかったわ」と言って心の底から安心したような声を出した。


「何それ」

「こっちの話」

「理石くんから言ってくれたけど、実は私も同じタイミングで告白してみようかなって考えてたから、筋肉痛には絶対ならないよ」


春の陽気に溶かされて、嬉しくて緩む頬が制御できない。もう一度「夢みたいや」と言って笑った彼の頬は、まだその姿をお披露目しない桜の花びら達よりも淡い赤みを帯びていた。


前へ 次へ


- ナノ -