山本猛虎に意識されたい


◎2023年2月企画


頭を抱える虎に、私は大きなため息を吐いた。


「私に接するみたいにすればいいだけなのに」

「それが出来たらとっくにしてんだよ……!」


悔しそうに奥歯を噛み締める。虎はどうにかして女の子との距離を縮めたいらしい。でも毎回カチコチに固まってしまっていて、うまくいっているところなんて一度も見たことがない。

こうして普通に話せている幼馴染の私は、彼が女の子に対しての意識を持ち始めるとっくの昔の昔からの仲のためにその対象には入っていないらしかった。


「早くちゃんと女の子と話せるようにならないと、来年もバレンタインは私からのチョコだけだよ」


この間終わった一年に一度のイベントは、案の定誰からも貰えてなくて酷く落ち込んでいた。可哀想すぎたから慰めながら私がちゃんと一つあげた。これはもう毎年の恒例行事だ。

もう少しで春が来るけれど、まだまだ外の空気は凍るように冷たい。そしてこの部屋も。あまり暖房を強くは入れない虎の部屋は、お気に入りの女の子らしくて可愛いモコモコしたパジャマだけで過ごすには残念ながら寒すぎる。部屋着と化した中学の部活で着ていたウインドブレーカーが、この時期にこの部屋に訪れる際の必須アイテムだった。


「というかさぁ、ずーっとずーっと言うか迷ってたけど」


虎が静かにこちらへ視線を寄越す。


「手っ取り早く私のこと好きになるとかじゃダメなわけ?」


私の言葉に彼は眉間に皺を寄せた。何言ってんだ?とでも言いたいのだろう。言葉にせずとも伝わってくる。


「だって現状私にしか普通に話しかけられないでしょ?あとあかねちゃん」

「…………」

「妹はナシとすると、もう選択肢、私しかなくない?」

「お前はそういう対象じゃねえわ」


心底呆れたように虎はため息を吐いた。もう記憶はないけど、小さい頃は一緒にお風呂入ったりもしてたらしいもんね。確かに、そうやって育ってきた相手を恋愛対象として考えることが難しいって気持ちは、まぁ理解できる。恋愛云々ではなく、純粋に幼馴染として大切にしたいという気持ちもまぁわかる。


「ざーんねん」

「揶揄ってんだろ」


もう一度大きなため息を吐いた虎は、勢い良く身体を倒してゴロンとベッドに横になった。


「今更お前を女として見れっかよ」


少し馬鹿にしたようにそう言いながらこちらに背を向ける。虎が着ているTシャツのふざけた柄が、なんだか私のことを煽っているような気がして少し腹が立った。

立ち上がりベッドへと近づいて、そして勢いよく大きな背中に飛びついてみせる。小さい頃は私の方が大きくて足も速かったのに。今じゃ腕を目一杯回しても、分厚くなった虎の身体を包み込むことはできない。

いきなり何してんだと言われる前に名前を呼んでやった。猛虎、と。いつも虎って呼ぶし、小さな時は虎くんって呼んでたから、こう呼ぶのはもしかしたら初めてのことかもしれない。

さすがに年頃の男女だし、気心の知れた古くからの仲だとしてもこうやってくっついたりはしてこなかった。だから今初めて私は虎の背中がこんなにも広いことを実感したし、鍛え上げられた筋肉が想像以上に硬いことも知った。私の体とは、大違いだ。

ぎゅーっとありったけの力を込めてみる。何も言わないままカチコチに固まってしまった虎は、「な、なにしてんだ」と蚊の鳴くような声をどうにか絞り出して、私を剥がそうと恐る恐る手のひらに触れた。


「猛虎の手、大きくてゴツゴツしてる」

「なな、なんなんださっきから!」

「私の手小さいでしょ?猛虎からしたら女の子の手って感じじゃない?」


そう言うと虎はパッと勢い良く触れていた手を離した。あーあ、なんで離しちゃうの。


「猛虎に比べたら私の身体ってすごく柔らかいと思うの。そうでしょ?」

「…………」

「ほら、おっぱいもあるし」


押し付けるようにさらに身を寄せれば、虎は潰れたカエルのような声にならない声を出してピタリと動きを止めた。


「私のこと女だと思えないなら、なんで今そんなになってるの?」


くいっとシャツの裾を引っ張って、無理矢理向かい合わせにさせる。


「私のこと女の子として今見れてるでしょ?じゃあ、私のこと好きにもなれるじゃん」


はっきりと言い切った私に、あのなぁと聞き取れるギリギリの声量で口を開いた虎の顔には、いつもの暑苦しい程の男らしさはこれっぽっちも見られなかった。


「虎が言いたいことだいたいわかるからこっちから言ってあげる。虎が私のこと女として見れて好きにもなれたとして、私が虎のことは好きになれるのかどうかって話でしょ?なれるよ。てか、もうとっくに好きだし」

「ハ」


やっと、ちょっと大きな声を虎が出した。たったの一言だけど。焦ったように「おおおおま、本気なのかよ、な、この」なんて言ってくるけれど、続きの言葉を待ったとしても混乱して出てこないんだろうから遮ることにする。


「ホワイトデーのお返しは、今年はこの返事で良いよ」


我ながらなんて上からな言葉だと思ったけど、このくらいグイグイ行かないとこの人にはダメだってことも、そういう女の人に弱いということも知っている。

ボンっと爆発したように顔を真っ赤に染めた虎は、未だに言葉にならないようなただの音をあわあわと出しながら固まり続けていた。


「じゃあ私そろそろ帰るね」

「待てっ……!」

「これ以上待っても虎は今日は再起不能だもん。いいよ今度で」

「何でそんなに余裕なんだよッッ!」

「私まで虎みたいになったら何も進まないなと思ったら、ちゃんとしなきゃって気持ちにもなるのよ」


そう言いながらベッドを降りた。同じように虎も立ち上がったけど、手を伸ばしただけで私には触れてこない。いつもなら普通に腕はたいてきたりするのに。


「次はもっと抱き心地良くて可愛いパジャマ着て来たいから、もう少し室温上げといてね」


言いたいことだけをさらっと伝えてパタンと扉を閉めた。リビングにいたあかねちゃん達に声をかけて家を出る。虎の部屋も寒いけど、やっぱり外はもっともっと寒かった。

来月半ばになれば今日よりはもう少し暖かいだろう。でも、夜はまだあんまり変わらないかな。物音一つしない虎の部屋を見上げる。

さっきは冷静を保っていたけど、とうとう行動に出てしまったと自覚をした途端に体が一気に熱くなった。これじゃさっきの虎を笑えない。熱った頬を冷たい空気が少しずつ冷ましていく。


「明日からは学校でも猛虎って呼ぼうかな」


いつ言い出そうか迷ってたけど、この時期にして良かった。きっとこれが夏だったら、暑すぎて倒れちゃうところだった。

寒い。でももう少しで春がやってくる。着ているウインドブレーカーのチャックを上まで閉めて口元を隠した。来月の十四日、私たちの関係が今とは違ったものになることを願って。


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