記憶


かさついた空気が揶揄うように勢い良く俺の横を通り過ぎていく。びゅうっと乾いた音色を奏でながら。

最近急激に気温が低くなった気がする。先週も十分寒かったけど、なんだか今日は一段と寒い。それでもこれがピークというわけではなくて、始まったばかりの冬はこれからが本番だと気合を入れるようにまだまだ冷えてくっていうんだから本当に参ってしまう。

心の中でどうにもならない事実に悪態をつきながら早歩きで人混みをかき分けていく。この時間帯は人が多い。若干イラつきながら少しだけ視線を上げた。その時、一人の懐かしい人物が頭をよぎった。

名前も、顔だってもうぼんやりとしか覚えてない女の子。学生時代の、彼女。

なんで今更。こんなにいきなり。一人で眉を顰め大股で歩いた。手を繋いで、肩を抱いて、寄り添うようにゆったりと歩くカップルは邪魔で仕方がない。たかが木に電球が巻き付けてあるだけじゃん。それをなんでそんなに夢の中にでもいるようなうっとりとした表情で見上げてんだ。


「角名くん」


ぼやけた彼女が記憶の奥底から顔を出し俺を呼ぶ。角名くん、と、とても優しそうな声で。実際に彼女はとても優しかった。それに関しての詳しいエピソードは思い出せないけど。

マフラーに埋めていた顔をゆっくりと動かし視線を地面から静かに上げる。ハァと深く長い息を一つ吐き出してみたら、ほんの少しだけ白くなったその姿をかろうじて捉えることができた。

目を凝らすと配線がしっかりと見えてしまって途端にチープだと思えるのに、少し目を細めて遠くを見れば、星がこぼれ落ちてきてその空間を彩っているみたいになんだか非現実的に思えてくる。それでも作られたその理想郷は存在が不安定すぎて綺麗なのかそうじゃないのか俺にはよくわからない。


「角名くん」


記憶の中の彼女が、そのチープで幻想的な空間でこちらを振り返った。


「ずっとここに居たいね」


彼女は笑った。制服のスカートを翻して。優しいその性格をそのまま音にしたような声で。歩き慣れたこの地元の街並みが、いつもとは少しだけ色を変えるこの季節に。


「そうだね」


茶化すこともせずにそう答えた。こんな人工的で安っぽい幻想空間に?なんて、そんなことは一ミリも思わずに。本気でそうあるようにと夢見心地で願った。

名前も、顔だってもうぼんやりとしか覚えてない女の子。それなのに心臓を掴まれたようなこの感覚だけは今でもこんなにもハッキリと俺の中に残ってる。

酷く冷えた十二月の夜。一人立ち止まって目を瞑った。見上げたイルミネーションも、心に残るあの日の記憶も、眩しすぎて痛かった。


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