少女漫画みたいな恋がしたい


うわ、出た。倫太郎が少し引いたような声を発し、わざとらしいため息を吐いた。

日が長くなってきたとはいえ、部活の後のこの時間じゃもう太陽はとっくに落ちきってしまっている。薄暗闇の中、先を行く彼の背中を斜め後ろから見つめた。


「少女漫画みたいなドラマチックな恋がしてみたい」

「二回も言わなくていいから」


眉を寄せ首だけで振り返った倫太郎が怪訝な視線を寄越す。それから逃れるように一歩大きく踏み出して、彼の腕に絡みつくようにして横へ並んだ。


「でもな〜、倫太郎、キラキラ爽やか王子様ってキャラじゃないもんね」

「まぁ」

「劇的な展開とかにも胸躍らせたりせずにただめんどくさがりそうだし」

「……それはそうなんだけど、この何とも言えないイラっとする気持ち何?」


私のことを引き剥がすように腕を振る彼に対抗するべく、両腕でもっとしっかりとくっついてやる。先に諦め動きを止めた倫太郎が、もう一度小さくため息を吐いて「理想を抱きすぎるとその落差で別れる可能性とか高くなるよ」なんてことを言い出して、今度は私が顔を顰める番となった。


「なんて夢の無い……」

「これが現実だからね。俺そういうの応えられないし、先に言っておかないと」


倫太郎を見上げながら口を尖らせれば、空いた片手で額を優しく小突かれた。大袈裟に痛〜っとリアクションを取る。えいっと仕返しに首を倒して腕に軽い頭突きをすると、彼は私のテンションには合わせずに「痛」といつも通り冷静な反応をした。


「もー、それじゃこれをきっかけにイチャイチャする流れにならないじゃん。ちゃんと合わせてよ」

「めんどくせー」


苦笑い、というか若干呆れたような表情を見せ、そのままスタスタと歩いていく。倫太郎の足は私よりも全然長いから、そうなったら着いていくのが大変だ。頑張って歩いても少し斜め後ろを歩くことになってしまう。これ以上引き剥がされないようにと忙しく足を動かしながら「ごめん」と呟く。いきなり止まった倫太郎はそのまま静かに振り向いて、止まりきれなかった私はその胸元に思い切りダイブをかました。


「いだっ」

「可愛くないリアクション」

「うるさいなぁ」

「少女漫画の女の子なら、もっと可愛い反応してくれるんじゃない」

「……うるさいなぁ」


ふっと息を吐くように小さく笑った倫太郎が私の左手を取って、今度はゆっくりと歩き出した。私が普段歩くペースとほとんど同じ速さだ。

もうすぐ目の前に私の家が見えている。たったの数十メートルを二人並んで手を繋いで歩いた。倫太郎は私の家の前に到着すると、「今日カレーじゃん。いいな」なんて、漂う香りにひと言溢して絡み合っていた指先を静かに離した。


「倫太郎、」


送ってくれてありがとう。そう続けようとした言葉は声にならなかった。ふわりと柔らかく舞い落ちた彼の唇が私の音を閉ざすように蓋をする。

額がぶつかったまま、唇だけがわずかに離れて少しだけ隙間ができた。至近距離で交わる視線からはうまく感情を読み取れないけど、吊り上がった鋭いそこから放たれる気怠げな眼差しがとても好きだと思える。

俺はさ、そう言った倫太郎の言葉の続きを待とうと静かにしていると、急にもう一度軽く触れる程度のキスを落とされた。家の前でこんな風にするのは初めてのことだ。誰かに見られていないかヒヤヒヤすると同時に、未経験なことに対して少しだけ高揚している自分がいる。


「少女漫画に出てくる爽やかなイケメンとかには絶対なれない。けど、ナマエもそのヒロインみたいな可愛らしい反応とかあんま取れないじゃん」

「そ、うですけど」

「でも俺はその可愛くねー反応ばっかする可愛いナマエが好き」

「…………」

「ちゃんとわかってる?」

「うん。私も、爽やかでもキラキラした王子様でもない倫太郎が好きだから、わかる」

「じゃあ今のままでいいね」


ポンと一度頭の上に手を置かれて、スッと倫太郎が離れていった。「また明日」と咄嗟に叫んだ私に倫太郎は首だけで振り返って軽く手を上げる。口角がいつもより僅かに上がっているように見えた。

だんだん遠くなっていく倫太郎はもう表情も何もわからないくらいに小さくなってしまったけれど、曲がり角にたどり着いた時にこちらをもう一度だけ振り返った事はわかる。ぶんぶんと左右に大きく手を振った。三秒くらい足を止めた彼がどこか満足げに一歩踏み出し姿を消したのを見届けてから家の中に入った。

少女漫画みたいなドラマチックな恋がしてみたいとは思う。でも、特別な展開がなくったって倫太郎との恋がずっと続いていくことの方が、私にとっては何よりも大切みたいだ。


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