書店デート


1周年記念 彩緒さんリクエスト




何千、何万もの物語が溢れている。たくさんの棚の上から下までをびっしりと埋め尽くしている本の一つに静かに触れた。


「それにするの?」

「うん」


少しだけ遠出をして、新しくできた話題の大きな本屋へとやって来た。わざわざこんなところにと思われるだろうか。それでも、行ってみたいと零したら「俺も気になってたんだよね」と赤葦くんも笑ってくれたから、他の子達からすれば本屋でデートなんてと思われるかもしれないけれど、私たちからすればここはお互いの意見が一致した恰好のデートスポットなのだ。

手に取った一冊を抱え彼の方を向く。「赤葦くんは、何買うか決めた?」そう聞いてみると、彼は新刊コーナーから少し離れた場所を目指し足を進め始めた。ゆっくりと首だけで振り返って「ナマエの一番好きな本、教えて」なんて言って、優しく私の指先を握る。


「私の好きな本?」

「うん。知りたい」

「赤葦くんにおすすめの本かー」

「俺の好みとかは考えなくていいよ。俺へのおすすめじゃなくて、ナマエが今までで一番好きだって思った本。それが知りたい」


高い位置にある彼の顔を見上げた。涼しげな瞳が私を柔らかに見下ろして、少し口角を持ち上げ微笑まれる。

私の、今までで一番。そう言われてパッと思いつくものが一つあった。何度も何度も読み返している大好きな一冊。赤葦くんがそれを好んでくれるかはわからないけど、それを探すために二人でたくさんの本の中をゆっくりと歩く。

星の数ほどある本の中から目当ての一冊を見つけ出して彼に渡した。赤葦くんは「ありがとう」と言いながら、その本のあらすじも何も見ないまま大事に抱え込みそのままレジへと向かう。


「……買っちゃったけど、よかったの?」

「今日はもともとナマエの好きな本を買う予定だったから」


そんな会話をしながら書店に併設さえているカフェに入った。落ち着いているそこは購入した本を読むにはもってこいの空間で、私たちも早速買ったばかりの本を取り出しその表紙を眺める。

赤葦くんはようやく裏表紙のあらすじを確認したようで、いいねと独り言のように一言呟いた後、届いた珈琲に口をつけながらパラっと表紙をめくった。一ページ目に書かれているタイトルを大切そうに指でなぞって、またページをめくる。しっかりと目次を確認し、そして静かに口を開いた。


「俺たちって、一緒にいるけど全く同じ世界を生きることって出来ないでしょ」

「……また随分いきなりだね。出来ないって、どうして?」

「同じ時に同じ場所で同じものを見ても、俺の目線とナマエの目線は違う。同じ経験をしたとしても。だけど本なら、その主人公を通して同じ立場で同じ視点で同じ人生を歩める」

「……確かに?」

「ナマエが一番好きだって言った物語、俺も同じように見てみたかったんだ」


もう一度、ゆっくりと味わうように彼がページをめくった。ペラっと響くその音が物語に入り込む合図のように感じられる。赤葦くんはそのまま私の一番お気に入りの本を読み始めた。

先ほど購入した本を私もめくる。一ページ一ページ丁寧に。この本も読み終わったら赤葦くんに貸してあげよう。そして、今度は私も赤葦くんが今までで一番好きだと感じた一冊を買うことにしよう。

同じ場所で同じ時間を過ごしてもそれぞれに違う人生を生きている私たちが、本の中でなら全く同じ視点で世界を見れる。そう言われたらもともと好きだった本を読むという行為がさらに特別なものになる気がした。これからもたくさん、いろんな本を二人で共有しあって、同じ物語を歩んでいこう。


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