両片想いを楽しむ
五万打企画 ちよさんリクエスト
*
「あ、赤葦くんだ」
「ミョウジさん」
珍しく部活がオフな放課後。そんな今日は俺の誕生日だ。
部活はないけどミーティングをするからこの時間に部室に集合、ただしこの時間より前に来るのは絶対に禁止。だなんて連絡を昨日木兎さんに貰った。
昼休みに購買ですれ違った時にも絶対早くには来るなよと釘を刺されてしまって、おい黙ってろと他の先輩たちにどつかれている姿を見たのも記憶に新しい。
それまで教室で退屈に過ごすのもなんだからと中庭のベンチへ出て来てみれば、そこにはもう先客がいた。同じクラスのミョウジさん。彼女はいつもこの時間、決まってここで本を読んでいるのを俺はだいぶ前から知っている。
「隣、いい?」
「うん。いいよ」
積み上がっていた数冊の本を鞄に閉まってスペースを空けてくれる彼女の隣へと座る。そのまま彼女は再び本へと視線を戻した。目を瞑ってサワサワと風に乗って爽やかな音を奏でる木の葉のさえずりに耳を澄ます。時折隣からペラっと紙をめくる音が響くのが、ここがいかに静かな空間であるかを物語っていた。
しばらくそうしているとパタンと本を閉じた音が鳴った。それを合図に目を開き隣を見れば、読み終わった本の表紙に視線を落とし、タイトルを指先でそっとなぞっているミョウジさんが視界に入る。
「どうだった?」
「えっ、と……面白かった」
「そう」
「この作者さん、言い回しは独特なんだけど、風景描写や心理描写が巧くて、実際に私もそこにいるみたいな気持ちになるの。この作品もね、一匹狼だった主人公が出会った仲間たちと……」
「仲間たちと?」
「ご、ごめん……急に一気に話しすぎたよね、あの」
肩をはね上げ、背筋をピンと伸ばし恥ずかしそうに顔を赤らめる姿に思わずクスりと笑みを零せば、更に恥ずかしそうにぎこちない動きで俺から視線を外し前を向いてしまった。
「本のことになると、つい」
「好きなんだね」
「そうだね、好き……かな」
「うん。俺も好き」
バッと勢いよくこちらを向いたミョウジさんにニコリと微笑みかけると、「い、今はこっち見ないで……」と持っていた本で顔を隠されてしまう。しばらくしても本を下ろそうとはしないミョウジさんの手からそれをゆっくりと奪い取って、先程彼女がしていたようにそのタイトルを指でなぞってみた。
「俺もこれ読んでみようかな」
「面白かったし、ぜひ」
「そしたらまた感想話し合えるしね」
「うん」
「ミョウジさんに話しかける口実が増えるのは嬉しいよ」
「……えっ?」
ぱちぱちと目を瞬かせ、金魚のように口をパクパクとさせる。そのままゆっくりと膝へ視線を下ろし「あ、あの」と、危うく静かな風の音にさえもかき消されてしまいそうな小さな声で、彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「赤葦くんは、本、なにが好きなの?」
「……特に縛りもなく読むけど、大衆文学よりは純文学の方が読んでるかもしれない」
「じゃあ私と逆だ。純文学も読むけど、どちらかと言うと大衆文学の割合の方が多いかも。お勧めとかある?」
「今度持ってきてあげるよ」
本を鞄にしまって時間を確認する。もう少しで先輩たちに指定された時刻になることを確認して、横で鞄から次の本を取り出すミョウジさんに一言声をかけた。
少し下にある視線がこちらを見上げて、声をかけただけでその続きの言葉を口に出さない俺の事を不思議に思っているのか、彼女は頭の上にはてなマークが浮かんでいるような表情をする。それが面白くて口角をあげれば、少しだけ眉を寄せたミョウジさんが「なに……?」と怪訝そうに口を開いた。
「俺、実は今日誕生日なんだ」
「えっ、そうなの!?知らなかった。ごめんね」
「ううん」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
何かあったかなと鞄の中を漁るミョウジさんに、「べつに何もいらないよ」と声をかけても、「ちょっと待ってね」とその手を止めようとしないのを見て、自分から言い出したくせに少しだけ申し訳なくなる。
「こんなのしか無かった」
「いいのに、こっちこそいきなりごめん」
「全然!こんなものでごめんね」
はいと差し出されたそれは個包装のビターチョコレート。甘すぎるものが苦手な俺にとってはとても有難い。ありがとうと受け取ってその場で食べてもいいか聞くと、ミョウジさんはもちろんと頷き「私も食べよう」と鞄からもう1つチョコを取り出し口に含んだ。
「いつも持ってるの?」
「うん、本読みながら食べるのにちょうど良くて」
「あぁ、本読んでると頭使うしお腹減るよね」
「うん」
モグモグと頬を膨らませる姿が小動物みたいで面白い。お互いに食べ終わったのを確認して、もう時間だからと席を立つ。
「おめでとうって言ってもらえれば、それで満足だったんだけど」
チョコまで貰っちゃった、ありがとう。そう言って座っているミョウジさんの頭に手を置いた。声にならない声を出したミョウジさんは、慌てふためきながら「あ、ああ赤葦くん」と俺の名前を呼ぶ。「何?」と首を傾ければ「あ、の……」と視線をさ迷わせ、震える彼女の指先が俺の手に触れた。
それまで静かに吹いていたはずの風がザァッと大きな音を立てて俺たちの間を駆け抜ける。風に舞ったミョウジさんの髪の毛が腕に当たってくすぐったい。十二月なんてもうしっかり寒いはずなのに、俺に触れるミョウジさんの指先は熱を持っていて温かかった。
「……ミョウジさんはさ、本が好きなんでしょ」
「好きだよ」
「うん、俺も好き」
さっきも同じようなやり取りをした。答えなんてわかりきっているのに一体どうしたんだろうと言うように困った顔をしながらも、ミョウジさんが頬を赤らめる。その様子にまた耐えきれなくなってフフッと声を漏らして笑った。
本が、ということはわかってはいるけれど、好きな子に好きだと言われるのはとても気分が良い。
「またね。本とチョコ、ありがとう」
「うん」
手を振ってその場を離れる。彼女もしっかりと振り返してくれた。少し歩いたところで後ろを振り向けば、先程のように静かに本をめくっている姿が目に入った。それでもまだ彼女の頬の赤みは引いていなくて、耳もほんのりと桃色に染まっている。その姿にもう一度笑みを零し体育館へと向かって歩き出した。
少しだけ指定された時間を過ぎてしまったようで先輩たちからメッセージが飛んでくる。その返事を打ちながら、ミョウジさんにこの本を返す時はどんな話をしようかなんて思考をめぐらせた。
ミョウジさんに貸すオススメの本の最終ページに、いっそもう俺の気持ちを書き込んでしまうのもアリかもしれない。
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