影山飛雄と喧嘩


1周年記念 ふたのんさんリクエスト




飛雄くんは、先程よりもより一層唇を尖らせ、気まずそうに視線を外した。その何ともわざとらしく、そして子供っぽい仕草に思わず体の力が抜ける。

私たちは喧嘩をしていたはずだ。その原因もよくよく考えればほんの些細な事だけれど、それでもいつもの口喧嘩では収まらないほどに発展して、お互いにかなりヒートアップしていたはずだった。

だって、私、なんか泣きそうになってたし。

なんか泣きそうになっていたと過去形なのは、涙も勢いも怒りすらもヘナヘナとどこかに行ってしまったからだ。彼の突然の行動のせいで冷静になってしまった。

普段気にならない部分まで気になってしまって、言わなくてもいいことを口走って、苛々とした身勝手な感情に身を任せてしまった。襲ってくる申し訳なさと自己嫌悪。もうこれ以上は喋らない方が良い事はわかっていたが、それでも己の口は勝手にペラペラといらない言葉を放ち続けた。この厄介な口をどうにかして閉じないとと思い、無理やり黙り込んでみせた。

私の理不尽な怒りの声をしばらく黙って聞いていた飛雄くんは、急に黙り込んだ私のことを真剣な顔でじっと見つめて、眉間に皺を寄せたまま距離を詰めた。ソファが僅かに軋んだ音を立てた。

何を言われるんだろうか。そう思いながら、強引に感情を堰き止めたせいで思わず潤んでしまった瞳から涙をこぼさないようにと耐えていると、一体何を思ったのか、飛雄くんはそのまま私に前触れもなくキスをしてきた。

たった一瞬。押し付けるだけ。雰囲気もへったくれもないキス。私を責めるでもなく、宥めるでもなく、反撃に出るわけでもなく、彼はただ一度だけ唇を落として、そしてすぐに離れた。とても不機嫌そうな表情を見せながら。

その行動の意図がわからず、「何してんの!?」と思わず上擦った声で聞いた私に、彼は口を尖らせこう言った。怒りながら泣くの堪えてんの……スゲー可愛いんで、と。そして冒頭に戻る。


「だからって、なんでキス」

「したいと思ったから」

「いやだから……」


たぶん、ここで何を言ってもまた食い違うだけだ。経験からわかる。目の前でムッとしながらも、私がなぜそんな質問をするのかわからないというようにハテナマークを浮かべる飛雄くんに、「したいと思ったからって、雰囲気とか、状況とかあるじゃない」と言ってみれば、彼は「でもそういうの考えてたら怒ってるナマエさんにいつまでもキスできないんで」と少し強気に返してくる。


「……っ、うーん……うーん、んん」

「なんスか」

「そうなんだけどそうなんだけど、そうなんだけど!」


まず怒ってる人にキスをするなよ。そう言ってもきっとまたどうしてと返されてしまうんだろう。なんでダメなんですかと聞かれたりしたら、それにどう返していいのかわからない。頭を抱えて仰け反る私を不思議そうな顔をして見ていた飛雄くんが、そのまま額をトンと押してくる。そんなことをされるとは思っていなかった私は、そのままソファにころんと転がった。


「……なんで?」

「なんとなく?」

「なんとなくで倒さないで?……そしてそこを一度退いて」


覆い被さるように私の顔の横に手をついた飛雄くんは、「退きません」と言いながら頑なに動こうとしない。


「さっきいっぱい言われたんで。それはなんかムカついてます」

「……それに関しては本当にごめん。私も言い過ぎたと思うし、良くなかったよね。ごめんね」

「でも途中からナマエさんにキスしたいなとしか思ってなかったんで、ほとんど聞けてねぇっす。すみません」

「それは……全然良いけど」


むしろそれくらいの感覚で流してくれている方が私としてはありがたいというか、助かったというか。

飛雄くんが真剣な眼差しを向けながら、ゆっくりと私に顔を近づけた。またキスをされると思い目を瞑る。が、いつまで経っても唇は降ってこない。恐る恐る目を開ける。ほんの僅かに片側の口角を上げた飛雄くんと視線が絡み合った。


「……喧嘩」

「……ん?」

「は、できればしたくねぇ。けど、普段怒らないナマエさんが怒ってるのは、ちょっと可愛いです」


そう言って、彼は私へ笑いかけ、静かに唇を押し付けた。何度か触れるだけのキスを繰り返して、少しずつ深くなっていく。

先程まで何に対して苛ついていたのか本当にわからなくなってしまった。唇が離れた隙を狙ってもう一度ごめんねと謝ると、飛雄くんは何も言わずに私の顔の横にある手を握る。

今日はこのまま彼の好きにさせてあげよう。さっき好き勝手責めてしまった償いというわけではないけれど。

握られた手の指を絡めて力を込めた。それを合図に、飛雄くんは更にキスを深めた。


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