ゆっくり距離を縮める
「おかえりー」
「来てたの」
ただいま。と言いながらゆっくりと鞄を床に下ろす英は、ここに私がいることに驚きもせずいつも通りの様子だ。幼い頃から出入りしている私に今更何も思わないのはもはや仕方がないことだろう。
「こんな遅くまで毎日大変だねぇ」
「ナマエは毎日毎日暇そうだよな」
本棚から勝手に拝借した漫画を読んでいるうちに、部屋着へと着替え終わったらしい英がボフッと音を立ててベッドへと飛び込んでくる。「邪魔」と少し不機嫌そうな声で端っこに押しやられてしまって、「私の方が先にいたのに」と反抗すると「この部屋の主は俺な」と肩を軽く叩かれた。
「それの続き言っていい」
「なんでよ今読んでるじゃん。ネタバレなんですけど」
「早く読み終わって退いてほしい」
「そんなこと言わないで」
ゴロゴロと転がって寝転ぶ英のお腹の上に頭を乗っけると、「ウワ重っ」と抑揚のない声で言いながら手で瞼を覆われる。
「見えなーい」
「早く退け」
「やだ、英のベッド気持ち良いんだもん」
再度ゴロゴロと体を転がし、ちょうど良いポジションを見つけ、英の細そうでいて意外にもしっかりしている体へと腕を回した。まだ片手に持っていたままの漫画を取られ、それをポイっと隅に投げた英はそのままその手を私の方へと回す。
「ねむ……」
「ごはんは?」
「まだ」
もう起き上がるのも飯食うのもめんどくせぇと、ぎゅーっと力を強めてくるから「ナマケモノみたい」なんて言って笑えば「違ぇし」と頭を軽く小突かれた。
「じゃあコアラ」
「返事するのもめんどくせぇ」
「諦めないでよ」
ぐっと乗り上げるように体重をかけてきた英に潰されながら「くるしい」とくぐもった声を出す。ハッと小馬鹿にするように笑った英が「そこで大人しくしてろ」なんて悪い敵みたいなことを言うから思わず笑ってしまった。
「大人しくしてろって」
「ははっ、だって」
ケラケラと声を上げながら、ぐしゃぐしゃと髪の毛を乱してくる英の腕を避けるように何度も首を振る。それでも諦めない英にこちらが折れて、今日はせっかく綺麗にまとまってたのにと思いながらも大人しくその行為を受け入れた。
「そういえば友達にさ」
「その話長い?」
「ちょっと、せめてもう少し聞いてよ」
グッと力を込めて英を押し、のしかかっていた重い大きな体を退かす。たいした抵抗もなく素直に元に戻った彼はその勢いのまま仰向けに転がって、私から少しだけ距離を取った。
「高校生にもなって、いくら幼馴染だからってそんなに仲が良いことある?って聞かれた」
「ふぅん」
「興味なさそうじゃん」
「興味ないし」
くだらねー。そう言いながらクァッと大きなあくびを零した英は「他人は他人、俺らは俺ら」と吐き捨てながらもう一度こちらへと体を寄せ猫のように丸まった。
「まぁだからって高校生の男女が同じベッドで寝てるってのに違和感くらいは感じて欲しいけど」
「ん?」
「なんでもねー」
短いため息と共に引き寄せられ、またすっぽりと腕の中に収まる。
「そういえば彼氏が」
「は?」
「ん?」
「なに」
「え?」
パッと目を開き少し体を起こした彼が慌てたような声で問いかけてくる。驚きながらも「彼氏が出来たんだって、あの良く話すクラスの友達に……っていう話なんだけど」と続ければ、「はぁ?」と大きな声を出したあと、「紛らわし」と呟いて脱力したようにもう一度ベッドに沈んだ。
「びびった」
「ええ?」
「彼氏出来たのかと思った」
「私女子校なのに?」
仲良しな男の子、英しかいないんだけど。と困ったように言いながら眉を寄せると、「だよな」なんて言いながら少しだけ笑って安心したような息を吐いた。
「仲が良い、ね。まぁそれでいいよ」
「うん?」
「今はそれで」
ぽんぽんと後頭部をリズム良く撫でられるのに気持ちよく目を細めれば、「俺たちは俺たちのペースでいいから」と呟いた英がゆっくりと瞼を閉じる。
「彼氏かぁ……英以外の男の子と一緒にいるの考えられないなぁ」
「つまりそれはそういうこと?」
「うん?」
「何でもねー……」
うりうりと強く頭を撫でられるのを「いやだ」なんて口では言いながらも受け入れる。ゆったり流れる時間に身を委ね、英の背中へと腕を回した。私たちには私たちなりに、ゆっくりと特別な関係を築いていく。
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