大将優と山架美華と友達


購買のパン戦争をなんとか勝ち抜いて、腕の中に抱えた数個のパンがゆさゆさと揺れるのも気にせずに、スキップをしながら教室へと帰る。人気すぎてなかなか買えないクリームパンを手にすることに成功した今の私の機嫌はとんでもなく良い。すれ違ったクラスメイトたちにも「どうした?」と少し笑いながら声をかけられるくらいだ。


「ただいま〜!」

「おかえり」

「あれ?大将ひとり?」

「美華ちゃんは先生に呼ばれて出てった」

「なんだ」


またフラれたのかと思ったじゃんと笑いながら焼きそばパンの袋を開けると、お前なと怖い顔をした大将が睨んでくる。うひゃー怖い。その顔写真に撮って美華に送り付けてやろうかな。


「そんな顔してるとまた振られんぞ」

「っそんな振られるとか何回も言うなって!」


慌てたような怒ったような声を出して身を乗り出す大将を指さして笑う。これ言われただけでそんなに必死になれるなら心配いらなそうだねと言えばムスッとした顔をしながらも大人しく席へと座り直した。大将と美華がヨリを戻したと聞いた時は、私も飛び跳ねて喜んだものだ。たぶん私が一番近くで見守ってきた。告白前から一度別れるまでずっと。

大将とは小学校の時からずっと一緒で、よく言えば幼馴染、悪くいえば腐れ縁ってやつだ。美華とは高校からだけど一年の頃からずっと仲が良い親友。そんな親友が大将のことが好きになったなんて言い出した時はめちゃくちゃ驚いたけど、ムカつくだけで良い奴ではあるしなと思って反対はしなかった。


「………なにニヤついてんの」

「いや〜?いろいろ思い返してたら美華も大将も頑張ったねって思って」

「恥ずかしいからやめろ」


少し頬を赤らめるその表情が似合わなくてまた笑うと、お前はほんとに失礼な奴だと引いた目を向けられた。大将に言われたくないんだけどな。焼きそばパンを食べ終わってクリームパンを開ける。滅多に食べられないそれを嬉しそうに見つめる私に「それって噂の人気のやつ?」と大将が指をさす。


「あげないよ」

「いらねぇよ別に」

「なんだ、欲しそうな顔してたから」


一口ちぎって口に入れる。口の中でとろけたクリームが絶妙な甘さで美味しい。ふふふっと笑いながら食べ進めていると、そんな私の姿をジッと見つめていた大将が「そんなに美味いのそれ」と目を細めながら聞いてきた。


「どうだ〜食べたくなってきたでしょ」

「そんなに美味いなら少しだけ気になってくる」

「しょうがないなー。特別に一口あげるよホラ、あーん」

「待て待ておかしいだろそれは!」


グイグイとちぎった一欠片を口元に持っていけば、背中を反らせながらそれから逃げていく大将。その姿が面白くてヒィヒィ言いながら笑えば、大将は怒ったようにそんなんで食えるワケ無いだろと顔を赤くする。そんなやりとりを見ていた近くに座っていたクラスメイトに、「山架に怒られんぞ〜」とからかわれて、ウッセェなとさらに怒る姿がツボに入ってしまってお腹を抱えて笑っていると、大将が手を伸ばして私の手からスルりとパンを奪い取っていった。


「あっドロボー」

「お前がくれるって言ったんだろうが」

「どう?美味しい優」

「名前で呼ぶな」


美味いなと感心したように小さく呟いた大将に満足して、またパンを食べるのを再開する。パタパタと駆けてくる音に振り返ると、遅くなっちゃったと慌てて教室へと戻ってきた美華がお弁当を持ってやってきた。


「お疲れ〜」

「ありがとう。あっそれクリームパンじゃん」

「美華も食べる?」

「いいの?」


さっきみたいに一口ちぎって、それを口元へと持っていく。何の躊躇いもなく私の手からパクりとそれを食べた美華が美味しい〜と頬を抑えて、その可愛さをクッと噛み締めた。

一連の流れを見ていたであろう大将の方を向いて、美華にバレないようにニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべれば、物凄い嫌そうな顔をして「人のこと言えない顔してんぞ」と言われてしまった。悔しかったら大将もやってみるといい。


「優も美味しいって言ってたよ」

「おい、名前で呼ぶなって言ってんだろ」

「いーじゃん少しくらい、美華は呼んでるじゃん」

「ミョウジと美華ちゃんは立場が違うだろうが!」


その言葉にニヤニヤとしながら「そうだね、私はオトモダチだもんね」と返せば、大将が頬をピクピクとさせながらムカつくと声を絞り出した。そんなんなのに次の瞬間に「優」と名前を呼んだ美華の声に素早く反応して、パッと表情を変えた姿を見て思わずフッと吹き出すと「なに美華ちゃん」と美華に優しく笑いかけながら、机の下ではガンガンと私の足を蹴ってくる。本当に器用なやつだな。


「今日の放課後はどこ行こうか?」

「美華ちゃんがこの前見たいって言ってた映画にでも行く?」

「待ってそれ私と美華で行こうって言ってたやつじゃん」

「そー!せっかくだから三人で行く?」

「えっいいの?」


あーでもカップルの放課後デートに乱入しちゃうのもなぁ〜と少し嫌味っぽく大将の方を向いて言ってみれば、お前マジでふざけんなよと表情のみで訴えてくる。圧が凄い。それでもそんなものには全く気が付かない美華が「たまには三人なのもいいよね」と割と乗り気で話を進めてくるので、美華が許可してくれてるから仕方ないねと勝ち誇った目を向けた。

勘弁してくれとでも言いたげに、でも美華が下した判断には反論をすることはしない大将にグッと親指を立てると、やっぱり机の下から攻撃が飛んできた。


「あ、いい感じの時間あるよ!」

「ホントだ〜、席取っちゃお。二人ともどこらへんから見たい?」

「……もうどこでもいいよ」


項垂れる大将を横目で見ながら三つ席を選択する。楽しみだねと笑う美華に「やっと観れるね」と笑い返しながら席に座り直した。あと十分ほどで昼休みが終わる。でもあと数時間もすれば今度は放課後がやってくる。私の大好きな親友と、面白いやつだから男友達としては好きな大将と過ごす時間がまた訪れる。

昼休みも放課後も、本当は私にだって二人きりにさせてあげたい気持ちはある。けれど大将が美華を好きなように、私だって美華のことが親友として大好きなのだ。たまには私にも時間をちょーだいよねと言う気持ちで、未だに項垂れる大将の方を向いてみれば、はぁと溜息をつきながらも「わかってるよ」とでも言いたげな表情を浮かべていた。やっぱり大将は何やかんやで良い奴だ。

二人とはなるべく長く一緒に居たいなぁなんて私もちょっと思うから、どうか二人がもうすれ違うことがありませんように。なんて友人代表として願った。


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