二口堅治と再開


五万打企画 恵さんリクエスト




高校を卒業して早5年。今の職場にも何だかんだ馴染めているし、仕事も順調。23歳のこの時期、将来に対しての不満も特に見当たらない。

遅くても25歳までに結婚したいとか学生時代は言っていたけど、もうその年齢も間近に迫ってきた。今思えば25で結婚している人もいるっちゃいるけど、別に焦る年齢でもないし、学生の頃はなんであんなにも早く結婚したがっていたのか謎に思えてくる。

彼氏はこの間までいたけど別れた。数ヶ月前から何となく終わりが来るんだろうなという気はしていたし、別れ話を切り出された時も、あぁやっぱりという気持ちにしかならなかった。好きではあったけれど、別に将来を望むような関係性でもなかった。楽しく2年間を過ごせたとは思うから感謝はしている。

久しぶりに仙台駅まで来たけど特に用事もなく、駅中をウィンドウショッピングして終わった。帰る前に駅前のヨドバシで切れかけてた電池でも買うかと東西自由通路を進む。11月も終わりのこの時期はもうかなり寒くて、東口のペデストリアンデッキへと吹く風は肌を刺すように冷たい。

巻いていたマフラーに顔を埋めて、コートのポケットに両手を突っ込んで目の前に見える目的の建物の方へと足を進めると、「あ?ミョウジ?」とどこからか聞き覚えのある声が飛んでくる。声のする方へと顔を向ければ、それこそ高校卒業ぶりに顔を見る懐かしい姿が。当時とあまり変わりのない彼だけれど、元々高かった背がまた少し伸びているようにも思う。


「二口じゃん、久しぶり」

「もっとテンション上げて久しぶり感出せよ」


お互いにヨッと手をあげて久しぶりの再会を懐かしむ。工業高校は男子が大勢いたけど、その中でも1番と言えるほどに仲が良かったこの目の前の男は、高校時代好きだった男でもある。二口も何となく私の事好きだったんじゃないかなと思いながらも、告白はしなかったしされもしなかった。

お互い卒業後は就職組でどうなるかなんて分からなかったし。今でさえ仙台に戻ってきたけど、当初私は離れた場所に就職を決めたため、卒業と同時に一人暮らしを初めて仙台から遠ざかるのが決まっていた。


「こっち戻ってきたんだな」

「うん、去年。前のとこ辞めて今はこっちで仕事してる」

「連絡しろよな、成人式も来なかっただろ」

「あー、うん。何となくね」

「まぁいいけど」


時間あるならちょっと付き合えよなんて言いながら、こっちの意見も聞かずに歩き出す。二口はいつもそうだった。ちょっと、いや、だいぶ強引。それなのにこちらが少しでも嫌だといえばすぐにやめてくれるような妙な優しさも持ち合わせていて、それがまた私の心をくすぐるのだ。

成人式に出なかったのは二口と会いたくなかったから。前の職場は合わなくて、人間関係でボロボロになっていた。弱りきった私には成人式なんていう人生の祝いの場で精神を保てるかわからなかったし、あの状態で二口に顔を合わせられないと思った。卒業式の日にした約束を二口が覚えてるかなんて分からないし、今だってあの言葉が本気だなんて思ってないけど、当時の私にあの言葉は嘘でしたなんて告げられたら立ち直れないなと思っていたのもある。

駅中のチェーン店で期間限定のドリンクを飲みながら近状報告をする私たちは、高校の教室でワイワイ言い争いながら仲良くしていたあの時と変わらない。時々二口が意地の悪いことを言いながら私がそれに返す。口の悪さも、それにすぐに乗ってしまう私も、言い争って仕舞いには2人で笑い合うこの感じも、何も変わっちゃいなかった。


「久しぶりにこんなに笑った」

「俺も」

「もっと早く連絡すればよかったなぁ」

「ホントにな、俺はずっと待ってたんですけど」

「嘘だー」

「マジだって、お前俺の事なんだと思ってんの?」

「意地悪な高校の時の友達」


ズズッと音を立ててドリンクを飲み干した二口はジトッとした目でこちらを見る。可愛くねーやつと一言零した彼はそんなんだから彼氏にも振られるんだろと言葉を続ける。


「二口には関係ないでしょ」

「へぇへぇ」

「そういう二口は彼女はどうなの?」

「去年別れてからいねーよ」

「同じようなもんじゃん」


ズズッと私もドリンクを飲み干せば、そろそろ行くかと二口は席を立つ。また私の意見を聞くより先に動きだした彼は、私の空のドリンクも持ってゴミ箱へと向かっていった。

さみーなんて言いながらコートに顔を埋める二口の仕草は本当に高校の時と変わっていない。私よりだいぶ大きな歩幅で歩く彼の後ろを軽く走るようにして追いつくと、それに気づいた二口は歩幅を狭めてくれる。


「お前、連絡先変わってねーよな?」

「うん」

「じゃあ、また連絡するわ」

「…うん」


東口のペデストリアンデッキ。たくさんの人が行き交う中で、私と二口だけがその場から動かない。ビュウビュウと吹く冷たい風が私たちの間を通り抜けて、ザワザワとした周りの音が耳に絡みついてうるさい。また連絡すると言ったまま目の前から動かない二口を見上げる事しか出来なくて、寒さに耐えながらその瞳をジッと見つめる。


「あのさ」

「うん」

「あん時の、覚えてるよな」

「…うん」

「忘れたとか言われたら俺泣くけど」

「覚えてるよ、ちゃんと」


卒業式の日、誰もいなくなった教室で卒業証書を抱えながら柄にもなくツーショットなんかを撮った。3年間仲良くしていたけど2人きりで写真を撮るのなんか初めてなんじゃないかと笑いながら、寂しさを募らせたあの日。笑い声が途切れて、少しばかりの沈黙が流れて、お互いなんて言っていいかわからなくて少し気まずかったあの空間を打破したのは二口の一言だった。


「次会った時、お互い彼氏も彼女もいなくて、25までに結婚できそうになかったら」

「………」

「そん時は俺と一緒になれ」


馬鹿みたいな約束だった。約束と呼んでいいのかもわからなくて、信じていいのかもわからなくて、それでも確かに頷いた。あの時は最後だからこんなことを言うんだろうとどこかで思っていた。それなのに成人式のあの日この言葉を否定されるのが怖くて、お前それ本気で信じてたのかよって笑われたらどうしようだなんて思って、なるべく二口から遠ざかったこの5年間。


「………返事は」

「彼女いなくて寂しそうだし、私が貰ってあげる」

「ハッ、生意気」


笑うと共に零れる白い息が二人の間で揺れる。グシャグシャと頭を掻き回す手を痛いんだけどと掴めばそのままギュッと握られて、存在を確かめるようにやわやわと手のひらを握った冷たい指先からじんわりと温かさが伝わってくる。


「じゃあ、またな」

「うん、またね」


手を振って今度こそ目の前にある当初の目的だった家電量販店へと足を踏み入れれば、ポケットに入れていたスマホが小さく振動する。端に寄って確認すれば、メッセージアプリに表示される懐かしい名前。来週の空いてる日お前ん家行くからとのメッセージに、やっぱり人の意見聞かないなと小さく笑って、月曜日以外ならいいよと短く返信をした。

卒業式の写真を送った5年前の日付で止まっていたトーク画面は、今現在の日時を表示して、やっと動きだした。


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