澤村大地と離れたくない


五万打企画 スピさんリクエスト




窓を開ければ途端に刺すような冷たい風が教室の中へと入ってきて、机の上に置いていたプリントが数枚ハラハラと飛んでいくのが見えた。それを見て見ぬふりして雪が降りそうな空を見上げて息を吐き出せば、真っ白な吐息が宙を舞う。

2月の宮城はそれはそれは寒い。コートも着ていないこの状態で窓を開けっぱなしなんていつもなら考えられない。それでも今は痛いほどの冷たさを体に浴びたくて、放課後の教室で1人ぽつんと風に吹かれていた。


「うわっ、ミョウジ?何してるんだ一体」

「澤村」


ビックリした様子の澤村は、この間バレーの全国大会に出場して、そして引退したばかり。いつもなら帰り際に体育館で頑張っている姿を目にしていたけれど、もうその姿を見ることも出来ない。

色んなことが終わっていく、そんな季節。


「寒いだろ、身体冷えるからとりあえず窓閉めろ」

「この冷たさとももうすぐお別れかーって思うと、なんか寂しいなぁって」

「………県外だもんな」

「うん、それもだいぶ離れた場所ね」

「専門学校だっけ、二年制?」

「ううん、三年制。こっちにいい学校あればよかったのになぁ」

「そのままそっちで就職するのか?」

「うーん、職場は宮城にもあるから、一応こっちに戻ってこようとは思ってるけど、どうなるかなぁ」


3年後、私たちはとっくに成人を迎えて、長く続いた学生生活を終えて、全く新しい生活を始める。今とは全然違う生活すぎてその未来が全く想像できなくて、何となく先のことを考えるのが億劫になってしまう。

4月からの新生活も、知らない土地での一人暮らしも、全部全部不安。友達がいない訳では無いけど誰とでも仲良くというようなノリではない私は、誰も知ってる人がいない土地で果たして上手くやって行けるだろうか。


「めちゃくちゃ不安って顔してるな」

「そりゃあね」

「俺は、ミョウジなら上手くやれるって思うけどね」

「根拠は?」

「それはわかんないけどさ、勘ってやつ?」

「珍しいね、そういうこと言うの」


澤村はいつだってどっしり構えていて、それこそバレーをしている時の頼もしさは群を抜いている。彼がいれば大丈夫だと、応援をしながら何度思っただろう。私もこの3年間という長くて短い時間の中で澤村に助けられた回数は数知れないし、自分だって勉強に部活に忙しいのに私の相談にも乗ってくれて感謝をしてもしきれない。


「あーあ、澤村も持って行けたらいいのに」

「何言い出すのいきなり」

「だってさ、澤村がいれば、何も心配いらない!って気持ちになるじゃん」

「なにそれ、俺そんなに出来た人間じゃないよ」

「少なくとも私よりは出来てるし、私がそう思うからいいんだよ」

「勝手だなぁ」


ハハハッと笑いながら、まだ開きっぱなしの窓辺に近づく。うわっすげえ寒いじゃん、早く閉めなさいよなんて言いながらガラガラと窓を閉めて、風のやんだ教室の窓際で2人で向かい合う。

冷たくなって白くなった指先を見つめていると、その手を大きな手のひらで包んだ澤村が「根拠も何も無いけどさ、やっぱりミョウジは大丈夫だって思うよ」なんて優しく言うから、なんだか本当に大丈夫なんじゃないかと思えてくる。不思議だ。


「…やっぱり、澤村持っていきたいなぁ」

「まだそれ言ってんの」

「こうやって澤村に言われると、あー私にも出来るのかなぁ〜って気持ちになるんだよね」

「そりゃ良かった」

「…離れるの、やだな」


ジワっと目が潤んで、鼻の奥がツンとする。卒業式まではまだあるし、引越しまではもっとある。それでも今この瞬間のような澤村との時間をあと何回過ごせるのかと考えると、急に寂しくなって、悲しくなって、切なくなるのだ。


「…戻ってこいよ」

「3年後?」

「そう、就職はこっちでしろよ。俺は3年後もまだ学生だし、就職もこっちでするつもり」

「お巡りさんだっけ」

「ああ」

「澤村らしくて、良いね」

「俺は学生だからって遊ぶ時間なんてないワケよ。だから3年間なんてあっとゆう間に過ぎてくはずで、他に余所見する余裕もないワケ」


澤村の大きな手が、冷たい体温を奪ってじわじわと温めていく。大きくて、ゴツゴツしてて、一生懸命頑張ってきたんだとわかる暖かいこの手のひらが、好きだと思った。


「待ってるから、ここで」

「3年も?」

「3年なんてあっという間だって」

「ほんとかなぁ」

「試しに確かめてみればいいじゃん。3年後、ここでまた会おう」

「ふふ、その時は私たちもうとっくに卒業してるからただの部外者じゃん」

「…そりゃそうだ」


向かい合って笑ったら、さっきまでの不安はどっかに飛んでいったように心が軽くなって視界も明るくなった。あっちにいって、例え上手くいかなくても、馴染めなくても、いいや。今そんなことを考えても仕方が無いしその時はその時だ。忙しい中申し訳ないけど澤村に電話で話しでも聞いてもらおう。

上手く行こうが行くまいが、こっちに戻ってくればいい。澤村が待ってる、ここに。


「余所見、しないでね」

「そっちこそ。この話忘れて帰ってこないなんてことになったら俺はここでずっと1人寂しく暮らすことになるんだからな」

「それ私の責任重大じゃん」

「なに、今更自覚した?」


卒業まで1ヶ月、引越しまではもう少し、新生活まであと2ヶ月。あっという間に過ぎ去っていく月日は、きっと3年だってすぐに経過していくんだろう。


「実際に確かめてみた感想は?あっという間だっただろ」

「いろんなことあったけど、今思うとね」


なんて、3年後の桜の咲く頃、またここで澤村と笑うんだ。


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