影山飛雄に励まされる


3年生になって周りが進路を本格的に考え出す季節。何がしたいか、何が好きかなんて自分でも全然わからなくて、新学期早々感じてしまった出遅れ感に心も体も疲れてきた。とりあえず大学進学を視野に入れてはいるから勉強だけはしているものの、これといった目標もないので身が入らない。

教室にいるのもなんだか窮屈で、意味もなく外へと出てきた。放課後のこの場所は体育館や校庭から部活動の声が絶えず聞こえるものの、まるで別世界のように隔離されているような感覚になる。

フェンス沿いの隅に座っているとどこからかコロコロとボールが転がってきた。体育館からは離れているはずなのに、こんなところになんでバレーボールが?と思いながらそれを手に取り顔を上げると、眉間にシワを寄せて少し不機嫌そうな男の子が駆け寄ってくる。


「すみません、それ、俺たちのボールで」

「ううん、平気」

「おわー!すみません!大丈夫でした!?」

「うん、大丈夫」

「お前が下手くそだからこうなったんだぞ!」


後からやってきたオレンジの髪色の子に怒るその子の姿を見て、そういえば菅原が新しい1年生に面白い子達が入ってきたけど、色々あって体育館には入れてやれないから外でバレーしてるって言ってたのを思い出した。名前は、たしか、影…


「影、山くん?」

「っなんで俺の名前知ってる!……すか」

「あっごめん、菅原わかる?同じクラスでさ」


ゆっくりと頷いた影山くんは、日向くんに少し休憩するぞと言い渡す。日向くんは飲み物買ってくる!と元気に駆け出して行ってしまい、その場には私と影山くんの2人だけが取り残された。


「どうしてこんなとこ、いるんすか?」

「あー、特に理由はないんだけどさぁ。なんか、置いてきぼりになっちゃった気がして」

「……?」

「周りからどんどん引き離されていく感じがして、辛くなって、ここ来た」


頭の上にはてなマークをたくさん浮かべたような表情をする影山くんは一番最初に見たちょっと怖そうな感じは微塵も感じられない。その姿にハハッと笑いを零すとムッとした顔をしながら「むずかしい話は苦手っス」と唇をとがらせた。その表情がなんか可愛くて、でもちょっと怖くて、ちぐはぐな感じが面白くてさらに笑うと「…あー!」と頭をガシガシと掻きながらこちらを見た。


「先輩の言ってること、わかんねーけど」

「うん」

「でも、解ります」

「?」

「周りが俺を置いてって、遠くなってくっつーか、隣にいたはずなのに、いつの間にか誰もいなくて、なんか、怖い」

「…うん」


影山くんが言っているそれと私の状況が一緒だとは思わないし、彼が何をしてそんな感情を知ったのかはわからないけど、それでも一生懸命にこちらの話を理解して共感してくれようとしているのが嬉しかった。


「ありがとう、元気出てきたかも」

「なら良かった。…っス」

「ふふ、変なの」


そうだよなぁ、まだ4月だもんなぁ。この時期から色々決めてる子ももちろんたくさんいるけど、私みたいにまだ具体的なことが決まってない子もたくさんいるよね。1人で焦ってたのがなんだか笑えてきて、無意識に入ってしまっていた力が抜けて体が軽くなった気がした。


「影山くんはバレーボール凄いんだってね」

「そんなんじゃねぇっす」

「そうなの?」

「俺なんかまだまだ。強えーやつ、もっといるし」

「ふーん?」

「でも、もっと強くなる」


力強く言い放った熱の篭った目がこちらを向いてドクリと心臓が音を立てた。ドキドキとは少し違う。肉食動物の標的となってしまった草食動物のような、よくわからないけど全身の血が波打って危険を知らせてくるような感じ。ドッドッと激しく動く脈を感じながら、影山くんの方をそっと見る。


「俺、やってみせます。だから先輩も、…あー、なんて言っていいかわかんねぇ、えっと」

「うん、ありがとう、わかったよ」


腰を上げて、バレーボールを抱えながら立っている彼へと近づく。1年生で、ついこの間まで中学生だったはずなのに私なんかより全然高いその身長に少し背伸びをして腕を伸ばす。ポスッと頭に手を乗せると、少しびっくりしたような彼が目を見開いて「何してんすか!?」と聞いてくるけど、それを無視してわしゃわしゃと頭を撫でた。

やめてくださいと言いながら、私が手を伸ばしやすいように少し前傾姿勢になってくれるその姿がとても可愛い。


「可愛い後輩が出来た記念」

「可愛くはねーだろ」

「いいの?先輩にそんな口の利き方して」

「すみません!」

「ははっ、いいよ気にしないし。楽に話して」

「………つか、撫ですぎです」


私の手首をガシッと掴んで、仕返しだと言わんばかりに反対の手で私の頭にポスンと手を置いた。その手は思った以上に大きくて、暖かくて、硬かった。


「頑張れ」


ニッと笑ったその表情に、今度は私が驚いて目を見開く。太陽に反射する黒髪がキラキラと揺れて、そっと離れていく手のひらを名残惜しく感じた。

きっと私はこれからの人生で何かに悩んだ時に、この時の彼を思い出すんだろうなと、そう思った。


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