日向翔陽への意識を変える


「う、ぐ、ぬ、ンンンンンンンン」

「……どっ、どうしたの」


ものすごく苦しそうに唸る声が横から聞こえた。一体何があったのかとそっちを向けば、頭を抱えながら問題集に向き合う日向くんの姿があった。日向くんはこの間からテストへ向けての勉強に真剣に取り組んでいて、毎日毎日少しの時間でさえも惜しいと言うように授業と授業の間のこの短い時間でさえ教科書や問題集を開いている。


「……なぁミョウジさん、これ解ける?」

「あぁ、この範囲ならこの前ノートにまとめたから見る?」

「ほんとに!?ミョウジさんスゲー!」


習ったことと教科書に載っているものを自分なりにまとめてみただけの、誰でも作っているような特にこれと言って褒めるようなものではないけれど、日向くんは大袈裟なリアクションをとってくれる。彼はいつもこうしていろんな人に素直に、そして良いところを大きな声で直接伝えてくれるので誰からでも好感度が高い。

絶望感が漂っていた先程までの姿はどこへいったのか。ワクワクするような瞳で私のノートを写していく。こんな姿を見ていると、彼は本当は勉強が苦手で、授業中もよく船を漕いでいることなんて忘れてしまいそうになる。

テストは嫌だと前回教室で他の子らと嘆いていた姿もまだ記憶に新しいのに、一体何故こんなに急にやる気になっているのだろうか。それを素直に聞いてみた。確か、日向くんはすごく部活に打ち込んでいるようだからその関係なのかな。


「今度のテストで赤点取ったら合宿行けないんだよね……」


だから絶対に赤点免れなきゃ!そう言った日向くんはまた気合を入れ直しガリガリとシャーペンを動かし始める。

こんな風になるまで何かに打ち込めることが私には今まであっただろうかと感心しながら「バレーに勉強に、頑張り屋さんだね」と軽く声をかけ前を向く。少ししてペンが走る音が止まった。視界には黒板しか映らないが、隣から圧の強い視線が飛んできているのが感覚でわかる。恐る恐る前を向けば、日向くんがじっとこちらを見ていた。


「俺は別にガンバリヤサンなわけじゃないよ」

「でも、バレーのために苦手な勉強とかも頑張れるのすごいよ」

「えー、褒めすぎだってミョウジさん」


彼はいつだって楽しそうだ。元気で、明るくて、何に対しても一生懸命。これ以上は邪魔をしないようにと私ももう一度前を向こうとしたその時、今までの声色とは全く違う声で日向くんが静かに口を開いた。


「これからはやりたくないこともしっかりやらなきゃ、やりたいことは出来ないし、強くもなれないから」


真剣な表情で、自分自身にも言い聞かせるようにぽつりとそう呟いた。大きな瞳から放たれる有無を言わさないその圧はどこか恐怖すらも感じるほどだ。小さな声なのにしっかりと耳に届いたそれは、大きな決意をするようなものだった。


「その考え方ができるのが、日向くんの良いところで、凄いところだよね」

「そうかな?ミョウジさんもこうやってわかりやすく自分なりにノートにまとめ直してるとことか、しっかりしててスゲーって思う」


元気で、明るくて、何に対しても一生懸命。彼のことをそう思っていたけれど、そんな軽い言葉では済ませられないような何かを感じる。


「……日向くん」

「ん?」

「もう充分がんばってると思うけど、言わせて……がんばれ」

「ありがと!ミョウジさんもね!」


ニッと太陽のように笑った日向くんはとても眩しかった。思わず目を細める。釣られて笑い返せば彼は満足げに頷いた。この一瞬の出来事が私の日向くんに対する印象を大きく変えたような気がした。

クラスメイトの話し声に混じって彼のペンを動かす音が心地よく響いてくる。あの、恐怖をも感じるような曇りのない強い瞳が頭の中から離れない。


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