青根高伸と線香花火
◎2022年8月企画
青根くんの周りは、いつも賑やか。
わいわいと手持ち花火を振り回しながら騒ぐ部員たちは、本当にさっきまで厳しい練習をしていたのだろうかと疑うぐらいに元気だ。人もいないし広いとはいえ、そんなに振り回したら危ないんじゃないかと思う一方、男子高校生だしこのくらいは普通かぁという気持ちにもなる。
そんな真夏の夜を満喫するべく盛り上がっている輪を外側から見守るように腰掛けていた青根くんに近づいて、私もそこに腰を下ろした。
チラリと視線を一度こちらに向けて、戻す。それだけで何も言わない彼は、まるで何事もなかったかのようにまた向こうの集団を眺め始めた。
みんなの声もここからだと少しだけ遠い。距離が離れているわけじゃないけれど、輪の中から抜けると途端に静かだと思える。傍に置いてあった線香花火を一本手に取って、百均で買ったチャッカマンで火をつけた。
オレンジ色の玉状になったそれがパチパチと小さな音と光を放つ。しばらくしてポトッと落ちて消えていった。
「青根くんもやる?」
いつの間にやら私の手元に視線を移動していたらしい彼に、残りの数本のうち一本を手渡すと、彼はゆっくりと頷いてさっきの私と同じように火をつけた。
真っ暗な空間をオレンジの光が淡く照らす。ぼやっと優しく浮かび上がる表情は花火を落とさないように少し慎重になっているらしく僅かに堅い。大きくてがっしりとしていて、性格を知らないと怖いとも思えてしまう青根くんが線香花火を真剣にやる姿はなんだか面白くて、思わず小さく笑うと彼が顔を上げて私を見た。
「楽しいね」
みんなと過ごす最後の夏だ。卒業したら会えないなんてことはないけど、こうしてみんなで集まって花火をして騒ぐのは今年で最後のような気もする。私の気持ちを悟ったのか、青根くんはもう一度花火に視線を落として「楽しいな」と同意を示した。
落ちることなく消えた線香花火を水の入った小さなコップに入れた彼に、新しいものを手渡す。同じタイミングで火をつけて、同じタイミングでパチパチと音を奏で始めた。
「来年もこうやって一緒に線香花火しようね」
しっかりと頷いた青根くんを見上げる。彼は手元を見ているため目は合わない。噴出花火に興奮する遠くのみんなの声が消えたように感じた。街灯も少ないこの場所で、青根くんの姿だけが浮かび上がる。静かな空間は好きだ。みんなでわいわいと騒いでいる空間も大好きだけど、ずっと居たいと思えるのはこうして静かでゆっくりとした時間が流れるこの人の横だ。
「みんなとも集まりたいけど、青根くんと二人っきりでもしたいな」
僅かに震えた彼の指先の振動が伝わったのか、花火は儚く落ちて消えた。後を追うように私のそれも光を消した。辺りが真っ暗になって、少し遠くから噴出花火がバーッと勢いよく花を咲かせる音が僅かに耳に届いた。
キョロキョロと視線を動かす彼にまた小さく笑って新しい花火を手渡す。なかなか手を出さないから、手のひらを掴んで無理やり持たせた。
「青根くんとは、これからもずっと一緒にいたい」
もう一度、火をつける。青根くんは動かない。また淡いオレンジに照らされる。ごくりと息を飲んだ音が隣から聞こえた。
「俺も、ミョウジとは一緒にいたい」
「…………あっ」
つけたばかりの花火が落ちてしまった。あんなことを言えば、受け入れてもらえるか貰えないかの二択の返事しか来ないことは分かりきっていたはずなのに、こんなにも動揺してしまう。
内緒話をするみたいに「ほんと?」と声を顰めて聞いてみる。もうオレンジ色はついてないのに、ほんのりと赤く頬を染めた青根くんが私を見ながら頷いた。
「またやろう。来年も、再来年も」
新しい花火を手に取って、今度は青根くんが私の手のひらを掴んで無理やりそれを押し付けてきた。二人で一緒に火をつける。僅かに空いていた隙間を埋めるように彼の方へと腰をずらした。肩が触れる。それでもお互い何も言わなかった。見上げた彼の表情は、見たことないくらいに柔らかかった。
青根くんの周りは、いつも賑やか。だけど、彼の隣はこんなにも静かだ。私はやっぱりこの空間が、何よりも一番好きだと思える。
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