妹が稲荷崎の誰かに恋する


五万打記念企画 通りすがりさんリクエスト





「倫兄ちゃん、私、好きな人出来た」

「え……………誰…………」


妹に好きな人が出来ようが彼氏が出来ようがどうでもいいじゃん、本人の自由だし。そんな風に思っていた数分前までの俺は一瞬で消え去った。別にシスコンではないと思う。人並みに妹を大切に思いはするけど、だからといってしつこく妹に絡むとか全然しないし。むしろ関係はあっさりしている方だ。

長期休暇の数日間こっちに遊びに来ている母と妹。母は風呂に入っているので今は妹と2人。そうしたら妹からのまさかの告白。

倫兄ちゃん倫兄ちゃんと俺の後を覚束ない足取りでひょこひょことついてきながら無邪気に笑っていたナマエはもういない。ここにいるのは頬を赤く染めながら恥ずかしそうにモジモジと体を縮こませる一人の女性だ。誰だ、俺の妹をこんなにしたのは。


「同じ学校の人?」

「ううん」

「じゃあ誰なの」

「…倫兄ちゃんの、学校の人」

「……………は?」


言っちゃった、とでも言うように赤く染った頬を両手で抑えたナマエは、チラチラとこちらを伺いながら俺の出方を伺っている。

俺の学校って稲荷崎の誰かってことだよね?ナマエが知ってる稲荷崎の人なんて、部活のチームメイトしか思いつかない。ナマエが住んでいるのはもちろん愛知だし、距離的にはそんなに遠いわけではないけど中学生なのでそんなに頻繁に兵庫に来れる訳でもない。今みたいに長期休暇に遊びに来るか、大きな大会に来てくれるくらいで、チームメイトとも面識はあるにせよそこまで絡んだこともないだろうし、全国大会の中継とか俺のSNSに載る写真や動画で知るくらいが精一杯だろう。


「本当に本当にカッコ良いの」

「……そんな人いるっけ?」

「いる!倫兄ちゃんの目は節穴なの!?」


なんで俺が怒られてんだ。プンプンと目の前で腕を組んでこちらを見るナマエは先程のモジモジしていた女の子と同一人物だとは思えないくらい子供っぽい。

本当に本当にカッコ良いって一体誰だ?そんなに絡みもしてないだろうから性格なんて上辺しかわからないだろうし、顔だけなら侑とか?いやいや、絶対に止める。何としてでも。妹の恋愛に口はなるべく出さないし、結果どんなになったとしても妹の人生だからそれでいいと思っているけれど、侑はだめだ。やめた方が良い。兄ちゃんが意地でも止めさせる。


「とにかくまだ引き戻せるはずだから好きになるのはやめた方が良い」

「…なんでそんな事言うの」

「お前は知らないかもだけど、あいつ相当性格ポンコツだから。人でなしを好きになってもいい事なんてないよ、そういう恋愛はもっと大人になってからしな」

「ひとでなしなんかじゃないよ、良い人だよ」

「上っ面だけはいいんだよ、騙されてるんだって」

「絶対絶対そんなんじゃないよ、倫兄ちゃんのわからずや!」

「なっ」


もう寝ると布団に潜り込んでしまった妹は、そのまま起きることは無かった。「あんたたち偶にしか会えないんだから喧嘩しないの」とちょうど風呂から上がった母親に言われるけれど、これは単なる喧嘩ではないだろ。妹を思ってのことだ、これに関しては妹がなんと言おうが絶対に俺は反対だからな。

翌日も俺は部活があるためいそいそと朝から準備をしていると、妹が「私も行く」と支度を始めた。稲荷崎はギャラリーから練習が覗けるようにはなっているけど、お前の魂胆は丸見えだ。


「お前、本気?」

「本気だよ」

「…………俺は知らないからね」


2人揃ってバスに乗って学校へと向かうと、もうすでに到着していた人達に囲まれて「ナマエちゃん、相変わらず角名にそっくりやなぁ」と声をかけられる。ナマエは人見知りな性格のため縮こまりながら挨拶を返していて、それを横目に着替えるために一人部室を目指した。


「おはようさん」

「…………………はよ」

「暗っ、どないしたん」


中には既に宮兄弟がいて、呑気に着替えを進めている。俺の気を知らないでいつも通り軽い口喧嘩をしながら着替える2人に置いていかれることがないよう急いで着替えた。3人で部室を出て体育館へと向かえば、妹の存在を確認した双子が「お!角名妹!相変わらず似てるな!」「双子みたいやな」と絡み出した。やめてくれ、お前らは近づくな。あっちに行け。

キャッキャと話し込み始めた3人を少し遠目から監視していると、「なんやそんな怖い目して」と大耳さんが話しかけてくる。昨日の事を伝えていいものか迷っていると、「倫兄ちゃん!」と大きな声がして、ナマエが突撃してきた。


「もういいの双子は」

「……………うん、あの」

「久しぶりやなナマエちゃん、この間のIHぶりやな」

「あの時はありがとうございました!」

「えっ、大耳さんとナマエ何かあったっけ?」

「たまたま迷ってるナマエちゃん見つけて案内しよったんよな」

「はい、本当に助かりました。倫兄ちゃんも電話出ないし、母もいなくなっちゃうしどうしようかと思って」


……………………あっ、待って解った。解ったかもしれない。いやこれは確信を持てるだろ。妹が女になった瞬間を目撃してしまった。顔を赤くしながらモジモジと手を弄って、いつもよりトーンの高い声を出す。うわ、まじか。

妹の好きな人は大耳さんだった。

侑じゃなくて良かった。けど大耳さんか。正直反対する要素がなくて困る。いや、反対する要素がないなら応援してあげればいいんだけど。妹の好きな人を応援か、なかなか複雑だな。それでもこのメンバーの中から大耳さんを選んだことは褒めてやりたい。よくやった。


「また何か困ったことあればいつでも連絡しぃや」

「いいんですか?!」

「おう、倫太郎に虐められたでもなんでもええで」

「します、帰ったら直ぐにします!」

「はは、待っとる」

「…………………え、お前大耳さんの連絡先持ってんの?」

「うん」

「あの時他の奴らの連絡先知らん言うし、念の為誰かと連絡取れるようにしときたいなぁってなって交換しといたんよな」

「……………我が妹ながら抜かりねえ」


無駄な所で口が達者で丸め込むのが上手いのは一体誰に似たのか。相変わらず俺には絶対にしないような笑顔を振りまきながらそれこそ文字通りキャッキャウフフと会話を続ける二人を見てゲンナリとする。大耳さんがめちゃくちゃいい人で、それこそ妹が言うようにカッコ良い人だと言うのは認める。だけど割と好きな先輩だからこそ身内とどうなるところとかあんま見たくないな。


「この前インスタで言ってた愛知土産、持ってきました」

「ほんまか、わざわざありがとな」

「げっ、インスタも繋がってんのかよ」


俺のアカウントのフォローはしてるのに、自分の投稿は見られたくないからって俺からのフォローリクエストは一向に許可してくれないくせに。知らないうちにジワジワ手を広げるタイプかよ、一体誰に似たんだ。


「倫太郎もかわええ妹持って幸せやな」

「え…………はい」

「か、かわいい…!?」

「可愛ええやろ?ナマエちゃん。いつも応援ありがとな」

「えっ、え、あの、はい!これからも頑張ってくださいっ!」


じゃあ信介にそろそろ呼ばれそうやし、また後でな。と大耳さんはその場を離れていった。……………何この空気?こんな空気の中取り残されなきゃいけない俺の立場は?その場から動けない俺と、興奮のあまり俺の腕を握りながら「聞いた?聞いた?!可愛いって言われたんだけど…どうしよう」と取り乱す妹。なんなの。本当になんなの。どうしようは俺の方なんだけど。俺は一体どうすればいいの。

とりあえず練習が始まるからとナマエをギャラリーへと移動させて集合場所へと向かうと、俺の姿に気付いた大耳さんがポンと肩に手を置いた。こんなことするなんて珍しいななんてそっちを向けば、「あー、先に謝っとくわ、ごめんな兄ちゃん」と俺にしか聞こえないような声で呟いた。

珍しく挑発的で、片側の口角だけを上げて笑う大耳さんは間違いなくかっこよくて、不意打ちすぎて思わずドクリと心臓が跳ねた。

は?いや、は?なんで俺がドキドキしてんの有り得ないんだけど。何に対しての謝罪なのか、理解したくない。大耳さんも乗り気なのかよ。嘘だろ。俺の妹だぞ。いや妹だからって手を出してはいけない理由はないけど。まじか。信じらんねえ。

ギャラリーにいるナマエの方を向けば大耳さんも一緒にそっちを向く。それに気づいたナマエは嬉しそうにパッと笑顔を向けて手を振って、大耳さんもそれに笑い返した。…えぇ、マジでどうすればいいんだ。

ただ一つ言えるのは、悔しいことに大耳さんはマジで反対する要素がないし、めちゃくちゃかっこいい人だってこと。


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