角名とギャル


1周年記念フリリク いちさんリクエスト




うわ、こんなに典型的なギャルいるんだ。なんて、物珍しさに少し面白く見ていたのが四月のこと。しかしその珍しさなんてものは見慣れればすぐに無くなってしまう。その為すぐになんとも思わなくなり、教室や廊下ですれ違っても完全な興味外でこれといった記憶は特にない夏・秋。そして今、冬。


「ねぇ、それ寒くないの」


彼女は俺の目の前で体を縮こまらせるように俯き突っ立ったまま、廊下の曲がり角を塞いでいる。


「……角名」

「俺の名前知ってるんだ」

「同じクラスじゃん。舐めんなっての」


一言多いのは強気な性格故なのか。知らねぇけど。そこどいてくんねーかななんて思いながらジトっと彼女の方を見る。派手な髪色。長い髪を器用に巻いて、隠された元の顔が想像しづらい濃いメイク。それでもあまりケバさを感じないのは彼女の努力の証なのか。サイズが大きいのもあるけどカーディガンの裾の方が長いんじゃないのかというほどにスカートが短い。こんな真冬に運動中でもないのに生脚って耐えられるものなの?なんて疑問を抱かざるを得ない。

弱気な姿なんて想像もできないくらいに見た目だけじゃなく性格も派手だったような気がしたけど。先ほど見た小さな背中に纏った冷たい空気に違和感を抱いて、思わず声をかけてしまうほどには。


「落ち込むなんて珍しいね」

「落ち込んでねーし」

「そう。なら俺の勘違いだ。ごめん」

「……別に、謝らなくてもいいけど」


寄って来たやつは全員友達みたいなイメージがあったからもっとガンガンくるのかなと思いきや、小さな声で歯切れの悪い返事をする。まぁいいや。せっかくのオフだし、貴重な放課後をわざわざここで潰してやることもない。そう思い退散しようと一歩踏み出そうとした時、待ってと言われいきなり腕を引かれた。


「なに?」

「いや、特に、これと言った理由はないんだけど……っちょっと待ってって」


気まずそうにしながらそう言った彼女は、バサバサのまつ毛に影を落として内緒話をするかのような小ささの声で俺に訴えかける。意味がわからずさっきは少しイラついた声を発してしまったけど、その何かありそうな様子にもう一度足を止めた。


「この先に何かあるの」

「いや、別にそんなことは、ないけどっ」


……何かあるんだな。嘘をつくのがどうやら下手らしい彼女は、また歩き出そうとする俺を今度は両手を使って引き留めようとしてくる。が、特に痛くもなんともないし力も弱いので気にせず足を踏み出した。角を曲がろうとしたところでグイッとより一層強く引っ張られ一瞬歩みが止まる。しかしその程度では俺はふらつくことはない。けれど彼女の表情がさらに強張ったことに気がついて、流石の俺も可哀想に思い、足は進めず顔だけ出してその先の様子を確認するに留めた。

覗きこんだ先には三人の男子。他には特にこれといったものも人も見当たらない。なにやら楽しそうな三人の大きな笑い声を背に彼女の方を振り返ると、一瞬視線が合ったものの素早く逸らされてしまった。

聞き逃してしまいそうになる程の小さな声で「あっちから帰らない?」と提案してくる彼女に、帰れないことは確かにないけど遠回りだしめんどくせーな。なんて思っていると、それまで腹を抱えて笑っていたその三人のうちの一人が「ミョウジもウケるわなー」なんてデカい声で言ってそのまま話を続けた。


「あそこまでいったのにヤらせてくれんのはほんまに最悪やった」

「惜しいな〜。お前何かしたんじゃね」

「何もしとらんって」

「これからしようとして断られとるんやもんな、ダサ」


再び大きな声で笑うそいつらの会話はいくら人が周りにいなかったとしても校内でするような話題ではない。今まで興味を向けていなかったために何を話しているかなんて聞き取れはしなかったけど、一度耳に入ってしまえば嫌でも理解できてしまう。ゲラゲラと腹を抱え語り合うそいつらは、内容だけじゃなく笑い方から何から全てに品がなく、いくら俺でも嫌悪感が募った。


「次お前行けや」

「これでお前が成功しよったら失敗した俺めっちゃ惨めやん」

「そんときはまた笑い飛ばしたるわ」


そう言って未だ俺たちの存在に気がつくことなく話を進めるやつらの顔をもう一度確認する。あー、バスケ部か。そのうちの一人は同じクラスだけどいつもうるさいだけで大して面白くもないし、何回か話したけど疲れるだけで全然俺とは合わなかった。

奴らの口から放たれたミョウジという苗字の女子は、今俺の目の前で居心地悪そうに固まっている。彼女にも聞こえないように小さく息を吐いた。めんどくせぇなほんとに。こういうのに巻き込まれんのが一番厄介だ。


「あいつ、ミョウジの彼氏じゃなかったっけ」

「元ね。……一昨日別れたし」

「断ったら即別れでも告げられた?」

「…………」


何も言わない彼女にハッと小さく笑うと、少しムッとしたようにこちらを見上げる。見る目ねぇなとそいつらに視線をやりながら零せば、少し傷ついたような顔をして「そんなのわかってるし」と弱々しく反論しながら「もういいから行こう」と俺を引っ張った。


「このままじゃ来週あたりまた新しい彼氏でもできるんじゃない」

「……どういうこと」

「あの残りの二人のうちどちらかがミョウジに告りでもしてくるよ」


モテモテじゃん。そう言って笑うとサイテーと怒ったミョウジが少し低い声を出す。サイテーなのは俺じゃなくて、それを企んで実行に移そうとしてるあの三人でしょ。掴まれた腕にギュッと力が込められ、僅かに震えているのがわかる。あんたをそんな風にさせてんのは俺じゃなくて、あそこにいる一昨日まで彼氏だったやつだろ。たった数分絡んだ俺でさえわかんのに、ミョウジがそういうこと許すような軽いやつだって未だ思い込んでんの、やっぱあいつら見る目ねぇよ。

何も言わずにその姿を見下ろしていれば、ぷっくりとした艶々の赤色をしている唇をキュッと噛んで、チークの境目がわからないほどに顔全体を赤く染めたミョウジの瞳の表面にじわじわと膜が張っていく。そんなに必死に我慢するくらいなら一回素直に泣けばいいじゃん。素直そうでいてそうでもないらしい彼女の、俺の腕を掴む小さな手のひらを無理やり引き剥がした。


「言いたいことあるならちゃんと言ったほうがいいんじゃない」

「…………」


ミョウジはこちらも見ずに俯いたまま。大きなため息を吐きながらズカズカと一人廊下を進んでいく。他人の存在に気がついたそいつらは、それが俺だとわかると同じ学年クラスだからか少し焦った様子でわざとらしく「角名やん、お疲れ」なんて声をかけてきた。いつもはそんな風に声なんてかけてきたことねぇくせに。

そいつらの目の前で立ち止まる。無言のままの俺に何かを感じ取ったのか、その内の一人が「なんだよ」と怪しむ声を出した。こいつ、次にミョウジに近付こうとしてるやつか。


「なかなか楽しそうなことしてんね」

「……さっきの話聞いとった?」

「お前らの声大きかったから。歩いてたらたまたま。まぁ俺には関係ないし、この話も広めないから安心していいよ」


そう言うとほっとしたように揃って息を吐いた。聞かれちゃならないことならもっと場所考えて小さい声で話せ能無し。じゃあねと手を振ると「おう、また明日な」なんて最初よりも随分と柔らかな返事が返ってきた。

三歩ほど進んだところで後ろを振り返る。未だ俺のことを見ていたそいつらと目が合ったがすぐに視線を遠くへと投げた。もうそろそろ日が暮れるのか、窓の外は段々と暗くなってきて、昼間よりだいぶ気温も下がってきている。


「早く帰んなきゃこれからもっと寒くなるだろうけど、いいの?」


俺の呼びかけに返事はない。不思議そうな顔をして俺のことをジッと見てくる三人は無視して、仕方がないとばかりにあからさまなため息を吐いてもう一度来た道を引き返した。


「返事くらいしなよ」


短いスカートの横で握りしめられた手は力を入れすぎて赤くなってしまっている。再度目の前にやって来た俺に恐る恐る顔を上げたミョウジは、少し怖がった様子でゆっくりと俺と に視線を合わせた。無理矢理その拳を取って指先を開かせる。派手なネイルの施された形の良い爪が姿を現し、爪が食い込み白くなってしまっている痛々しいそこをひと撫でして、そのまま手首を掴んでまた踵を返した。


「ま、待って角名!!」


いきなりのことに驚いたのはミョウジだけではなくあの三人も同じだったようで、曲がり角から現れたミョウジを目にして面白いくらいにピシッと固まっている。ずりずりと引きずられるように歩くミョウジは、そいつらに近づくとそれまで俺の名前を呼びながら騒いでいたのに一気に静かになって、大人しく影に隠れながら気まずそうに顔を俯かせた。

長いカールのついた色素の薄い髪の毛が消えかけの夕陽に染まる。ペタペタと鳴る二人分の足音が放課後の静まり返った廊下に大きく響いた。


「お前らマジでサイテーだね」


振り向きざまに放たれた俺の言葉に顔を青くした三人は、口をあんぐりと大きく開け、アホ面でその場に佇んだまま。最後に何か言ってやんなよと隣で驚いたように俺のことを見ていたミョウジに声をかければ、こくりと首を縦に振って勢いよく後ろを振り向いた。


「やっていいことと悪いこともわかんねーのかよカス!!」


悔しさと恥ずかしさが入り混じったような笑える顔をしたそいつらは、唸るような声を絞り出すだけでろくな反論もできずに両手を握りしめていた。それだけでいいの?とミョウジの方を見れば、これで良いと言って早足で俺の手を引き昇降口までの道を歩き始める。

外はすっかり日が暮れて一番星が顔を出し始めていた。まだそんなに遅い時間でもないのに、随分と日が落ちるのが早くなったな。冷たい風が頬を撫でる。乾いた冬の空気が肺を満たした。

校門の前で足を止めたミョウジが「ありがとう」と少し照れた顔で言う。素直じゃないと思ってたけど、やっぱ素直なんだ。そう言ってやれば「あの時は私もどうしていいかわからなくて!」と声荒げ、そしてハッとしたようにごめんと謝り「でもまぁこんな見た目だからああいう風に思われるのにも慣れてるっていうか」なんてしなくても良い言い訳をしながら一歩踏み出す。


「ありがと角名。あんた見た目ほど冷たくないんだね」

「ミョウジが見た目ほど馬鹿じゃなかったのと同じくらいにはね」

「言葉はなんかいちいちムカつくけど!!」


キッとこっちを睨むけれど、恐怖はないし悪意も感じられない。ふぅとリセットするように一度深く深呼吸をしてこちらを再度振り向いたミョウジが「本当にありがとう。じゃあね」と手を振るのを無言で見つめた。


「……角名?帰らないの?」

「帰るよ」

「寮あっちでしょ」

「そうだけど、今日はこっち」


スタスタとミョウジを追い抜いてお前の家どっちと問えば、驚いたように目を丸めながら「送ってくれんの!?」なんて大きな声を出す。リアクションの仕方がいちいち侑に似てんななんて思いながら「傷ついた女子を見捨てるような冷たい男ではないからね」と笑ってやれば「胡散臭。なんだよその笑顔」なんて少し引いた失礼な顔をしながらも隣に並んだ。


「その脚で耐えられんのマジですごいな」

「慣れれば案外へーき!」

「長くしようとか思わねぇの」

「この長さが気に入ってんの!!」


さっきの悲しい表情はもうどっかに消え失せたらしい。ミョウジはいつもの周りをも巻き込んでその場全体を明るくさせるような豪快な笑顔を咲かせてみせた。あのサイテーな奴らはこの笑顔をぶち壊して、挙げ句の果てにもっと最悪な事に臨もうとまでしていたのか。俺には関係のないことだとは今でも思うけど、その事実は腹立たしい。

遅いよ角名と笑ったミョウジが数メートル先で手を振る。なんでそんなに楽しそうなのと呆れた顔をしながら問えば、マジ最悪って気分だったけど角名が結構良いやつってわかったから今は超アガってる!なんて両手を広げ、その場で数回飛び跳ね始めた。

俺の予想以上に傷ついてるはずなんだろうけど、こうして明るいことに重きを置いて物事を考えられるのがミョウジの良いところなんだろう。うるせーし、色んなとこ派手だし、俺とは全く合わなさそうだなと思っていたけれど、それはただ彼女の外見から得ただけの勝手なイメージだ。うるさいのは事実だけど、実際のミョウジは案外そんなにヤバいやつではないんじゃないかなんて印象を良い方向へと改める。


「角名嫌いなお菓子ある?」

「ないよ。でも甘すぎるのはちょっと」

「今日のお礼に明日なんか買ってく!」

「じゃあハーゲンの期間限定のやつ」

「それ一番高いやつじゃん……!」


翌日の昼休み、俺のところに慌ててハーゲンの期間限定味を持ってきて、いいから早く食べて溶けると言いながら俺が食べ切るのをソワソワと眺めていたミョウジに、治が「お前らそんな仲やったっけ?」なんて驚いたような顔を見せた。私と角名の仲だもんね!とまた大きく笑ったミョウジに「どんなだよ」なんて呆れた顔で返しながらもそんなに嫌な気はしなくて、空になったアイスのカップに蓋をしながら、不思議そうに俺たちを見続ける治に「まぁちょっとね」なんて口角を上げてみせた。

絶対関わることはないだろうと思っていた女子。しかし絡んでみると思っていたほど悪くはなかった。完全興味外だったやつが、そうではなくなった冬。

ここから少しずつ距離を縮めていくことになる俺たちが、関わるようになったきっかけの話。


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