交際宣言


定期的に集まれるやつらで集まろうという話にはなるものの、全員多忙な社会人の為、一人残らず一堂に会するということはなかなか出来ない。個人個人では長らく会えていなかった人といっても数ヶ月ぶり程度だが、こうして全員が揃うのは一体何年ぶりだろうか。その為なのか、誰しもがいつもより若干浮かれている気がする。

全体的に通常よりもハイペースで酒が進んでいた。つまり、自分のペースを保てずハメを外し、潰れ始める奴もそろそろ出てくるということだ。


「もうやめときなよ」

「まだ全然、ダイジョーブだって」


そうは見えないから言ってるんだけど。さっきまであっちで先輩たちと楽しそうに飲んでいた彼女は、顔を真っ赤に染めてヘラヘラと笑いながらこっちのテーブルに戻ってきた。


「そんな可愛らしい顔して、ぶっ倒れたら角名に持ち帰られてしまうで」

「えー、怖いなぁ」


双子が余計なことを口にするはいつものことだ。俺が昔からナマエが好きな事を知っているからって、こうして毎度いらないことを言う。図体だけは立派に育って、中身は高校生の頃から全く変わらない。

馬鹿馬鹿しいこと言ってんなよ、と反論をしようとしたところで、ぽやぽやとした表情で危機感もなく俺の隣に座っている彼女が、呂律も怪しげに口を開いた。


「侑と治と違って倫太郎はそんなことしないもんねー」


双子よりも俺の方がはるかに信頼度が高いのは、長年彼女に対して真剣に向き合ってきた努力の賜物だろう。俺にしてはものすごく真面目に慎重に接していたのに、それをヘタレだとか言って笑っていた双子達はこの地位には絶対に来られはしない。

ほぼ空になった自分のグラスを置いて、まだ半分ほど残っている俺のジョッキを手にした彼女がそれを傾ける。俺が止めるよりも先に「ビールにが〜」と口を離し顔を歪めた。なんで男のものを奪って飲むかな。俺だから良いけど、他の奴にもやってないか心配になってくる。あとで口うるさく言っておこう。

当の本人はなにも気にしてはいない様子で、反対隣に座っている銀に手渡された水を、口直しと言わんばかりに勢いよく飲み干していた。


「次は甘いのにしようかな」

「おい、酔っ払い。もうやめなって言ってんだろ」


少し強くそう言ってみるが、彼女は未だヘラヘラと楽しそうに笑っているだけ。


「だってほら、酔い潰れても倫太郎が持ち帰ってくれるって言ってたじゃん〜」

「言ったのはあいつら。俺は言ってないから」

「えー?」


完全に出来上がっている彼女は俺の肩に頭を預けて、やっぱりヘラヘラと笑っている。重いんだけどと言っても全く聞く耳を持たない。


「えらい仲ええやないか」

「てか、ナマエって角名のこと名前で呼んでたっけ?」


ぐりぐりと肩口に頭を押し付けられていたと思ったら、突然うとうとしだした彼女は眠りにつこうと瞳を閉じかけていた。ちょっと、この空気の中で俺一人はキツいんだけど。

俺へと寄りかかりながら何とか意識を保とうと瞼を上げ下げする彼女に、銀が心配そうに「いくら角名だからって、男にそんなベタベタしたらあかんで」と声をかける。しかし、言われている本人は離れないどころかさらに強く寄りかかってきて、あろうことかしがみつくように腕まで回してきた。


「あかんあかん、ミョウジ、起きろって」

「銀良い人だ〜でも彼氏にしかしないから大丈夫だよ」

「そんなん当たり前やろ」

「だから彼氏にしてるんじゃんねー。ね、倫太郎?」


相変わらず力の抜けただらしのない笑みを浮かべながら俺を見上げてくる。随分と面倒臭い状況を作り上げてくれたな。と、他のやつにならイラッとくるところかもしれないけれど、あいにく俺は学生の頃からずっと彼女に片想いを続けてきた身だ。その腑抜けた表情でさえも好きだと思える。彼氏という立場になれた今でも。


「……どういうこと!?」

「説明しろ角名!!」

「お前らいつの間にうまくいったん!?」


ワッと騒ぎ始めた三人に釣られ、先輩たちも一斉にこっちを向いた。こんな空気の中、彼女はついに意識を手放してしまったようで、俺に抱きつきながら幸せそうにすやすやと寝息を立て始める。


「この間から付き合い始めたんで、俺たち」


俺のその一言に、全員が一段と大きく盛り上がってみせた。付き合えた経緯やら、いろんな詳細を根掘り葉掘り聞き出そうとしてくるけどそれは絶対に言いたくない。交際を始めた報告以外は沈黙を貫きながら、ジョッキの残りを一気に飲み干した。こういう話題で注目されるのはこの歳になっても歯痒くて苦手だ。お開きになるあたりでサラッと打ち明けてすぐに去りたかったのに。どうしてくれんだよこの状況。

短いため息を吐きながら、俺の気も知らないで気持ち良さそうに眠ったままの彼女を見下ろした。宴だ何だと勝手に喜ぶ周りの声に耳を傾ける。自分のことのように喜んでもらえるのはありがたいけれど、もう良い歳なんだからほどほどにしてほしい。と、考えているように見えるよう冷静に取り繕う。

柄にもなく一番浮かれているのは間違いなく自分なんだ。俺だって、本当は騒ぎ散らかしたい。

船を漕ぐ彼女の頭を支えるようにして引き寄せた。何年も何年も夢に見てきたんだ。俺は今この瞬間も、ナマエが俺の腕の中に居ることにひどく感動している。


前へ 次へ


- ナノ -