爆死するのを励ます
マネ業が少し長引いて慌てて支度を終えた。帰ろうと一息ついた所で、部室の電気がついているのに気がつく。消し忘れかと苛つきながら、鍵もかかってないじゃんと舌打ち混じりにドアを開けて上がりこめば、部屋の奥に人が丸まっているのを発見して驚きで思わずウヒャッと女子が出してはいけないような声が飛び出した。
「………角名?あんた何してんのこんな時間まで」
頭の上からタオルを被って項垂れているのは、顔は見えないけれどたぶん角名だ。私の問いかけにも何も反応を示さない事に流石に心配になって「大丈夫?」と声をかける。するとやっとピクっと肩を動かした角名が「大丈夫なように見えますか」と普段よりもさらにローテンションな声を出して、ハァと大きなため息をついた。
今日の角名の事を思い返してみても特別落ち込むような出来事はなかったと思う。不調なわけでも怒られていた訳でもないし、一体何が彼をこんな風にさせているのかは解らない。しかし角名がここまでわかり易くへこんでいるのも珍しいので、隣に座り込んでタオルの上からポンポンと頭を撫でた。
「何かあった?」
「………」
「先輩が聞いてやるから話してみ?」
そっとタオルを取って項垂れているその頭を直接撫でる。こんな風にされるがままの角名もまた珍しい。
「…………爆死した」
「え?爆死?何?誰かに告って振られたとか?」
ぶっちゃけ角名がそういう事でへこんでるとかあんまり考えらんない。けどそれは確かに辛いよなと私も胸を痛めた。角名もちゃんと人の子だったんだなぁと、本人には悪いけどちょっと安心する。するとスっと差し出された角名のスマホ。手っ取り早くメッセージアプリのやりとりでも見せてくれるのかな、と思いそれを受け取って画面を覗き込めば、そこには予想とは違ってゲームの画面が表示されていた。
「角名、これゲームの画面になってる」
そう言うとゆっくりと伸びてきた手がスマホをするすると操作していく。うわ、顔を上げた角名の顔が怖い。落ち込んでいると言うよりも何だか人が殺せそうな怖さを感じる。静かな怒りって感じだ。だいぶアレな振られ方をしたんだろうか。これは結構大変かもしれない。
「これ」
「…………いや変わってないんだけど」
「見てわかんないんですか」
え、何が?ともう一度画面を見ても、やっぱりよくわからない。ただゲーム画面が表示されているだけで特に何があるというのか。ガチャ10連がどうのこうのと書いてあるその画面をよくわからずポチっと押すと「アッッ」と珍しく慌てたような声を出した角名が急いで私の手からスマホを奪い取った。
「っ危ねぇ」
「え?何?なんかした?ごめん」
「次が最後の一回だから。あんなにあった石全部使い切ってマジのラストなんで」
「いや意味わかんないけど…」
よく把握できてはいないものの、流れからして落ち込んでいる原因はどうやらゲーム関連の何からしい。なんだよと少し拍子抜け。でもあの角名がゲームでこんなにメンタル左右されるのかと思ったらそれはそれで凄く面白いなとも思った。
「先輩、慰めて」
「さっきから慰めてやってんじゃん」
「次の10連で限定UR来るよって心込めて言ってください」
「めんどくさっ、何その要求」
「可愛い後輩のお願いじゃん」
「本当に可愛い後輩は自分で可愛い後輩とか言わないから」
え〜お願い。なんて都合の良い時ばっかり甘えたがる生意気な後輩だけど、やはり可愛いものは可愛い。心が込められるかはわからないけれど自分なりに頑張って「次の10連で限定UR来るよ!」と肩を叩きながら応援してあげれば、「これで来なかったら先輩のせいに出来る」とめちゃくちゃ可愛くない事を言い出した。まじでむかつく。
「引きますよ」
「これ何が出たら当たりなの?」
「当たりというか、虹色のやつが出たらUR確定」
「お〜、ドキドキするね」
ガチャを引くというのは友達の口からはたまに聞くワードだけれど私はゲームをやらないから経験がない。初めての体験にちょっとワクワクしながら二人して画面を覗き込む。角名は物凄い真剣な顔つきをしていて、あれもしかして試合の時よりも集中してない?と思わず考えてしまったくらいだ。
「出た!出た虹!」
「うお、きた、まじか、やばい先輩女神?」
「知らないけど!早く開いて!」
ヒュンヒュンと虹色のカード的な何かが流れてきた瞬間に二人で肩を寄せ合いながら興奮する。あれ角名もしかして試合の時より全然テンション高くない?と思ったけど今は気にしない。よくわからないながらも私も物凄く楽しくなってきてしまった。ポンポンとタップをしてカードを開いていき、ついに虹色のカードとご対面だ。
「すごーい!絵柄が違う!綺麗!」
「……………え………ま……………嘘だろ」
思わず手をブンブンと振ってしまうほど叫んだ私とは別に、そのカードの絵柄を見た瞬間に先程の盛り上がりはどこに行ってしまったのか、急激に萎んだ角名はバタリとその場に倒れた。何で?他のカードのやつより強そうだし凄いじゃん!とその体を揺すっても「すり抜けやがった………限定じゃねぇ………」とよくわからないワードを唱え、もはや一番最初よりもテンションが低くなっている。
「もう無理、まじでもう何もやる気起きねぇ」
「やる気はいつもなさそうじゃん」
「俺のお年玉は空になりました」
「え〜、課金ってやつ?それは大変だね」
「先輩少し早めの誕プレちょうだい」
「何がいいの」
「コンビニでも買える魔法のカード」
「おいそれをまた課金するんだろやめろ人の金を」
うつ伏せに綺麗に倒れている角名の頭をもう一度撫でる。よくわからないけどお疲れ様。注ぎ込むのも程々にしておきなね。伸ばされた手に力なく添えられているスマホの画面を見ると、10連という文字のところは押せなくなっているけれどその横にあるガチャを引く表示はまだ光っている。「これは何?まだ引けるんじゃないの?」と指をさしながら聞いてみるも、顔も上げずに角名は「単発だろそれ………でももういいや10連は引けねぇし、引きたいなら引けば」と投げやりな回答をする。
「え〜、引くよ?」
「もうここまできたら跡形もなく塵にしてくれ」
「えいっ」
先ほどと同じようにキラキラとしたカードが表示される。なるほど、単発って一枚って事か。と思うと同時に光りだしたそれは虹色の輝きを放った。思わず伸びきっていた角名の背中をバシバシと叩く。角名は「痛ぇ」と低い声を出したけれど気にせずに「虹色だよ!」と声をかければ物凄い勢いで飛び起きた。いつもそのくらい素早く行動すればいいのに。
「まじか、まじか」
「どう?次は欲しいやつ?」
「行きます……あっ怖い先輩タップしてやっぱ俺無理」
「いいよ。いくよ!?えいっ」
画面がパァっと光ってカードが表示されるとともに、ビュッと風を切るように何かが飛んできたと思えば体が床に打ち付けられた。思わずぎゅっと目をつぶる。痛っ、なにこれ、あと重いんだけど。目を開ければ角名が「やばい、きた、出た、まじか、すげぇ」といつものローテンションが信じられないくらいに嬉しそうに語彙力のぶっ飛んだ感想を述べていた。
「女神、先輩女神」
「知らないけど!ちょっと!なにしてんの!」
「まじ好き、一瞬で惚れた」
「いいから離して!」
「ダメもう離さない一生俺のガチャ引いて」
「どうしよう全っ然ときめけない」
ギュウギュウと離れようとしない巨体をバシバシと叩きながら何とか離れる。いまだに嬉しそうに画面を見つめる角名に「いつもの角名は一体どこに行ったの」と若干引きながら問い掛ければ、普段の俺も今の俺も全部本物だから受け止めてくださいなんてまたテキトーな答えが返ってきた。
「先輩、割とまじで惚れそうなんでよろしく」
「こんな惚れられかたマジで嫌なんだけどどうしよう」
変な後輩だなと思っていたけど、本気で変なやつだこいつはと確信した。次の日から異様に私に懐きだした角名を見た仲間たちが「一体なにがあった」と聞いてくるけれど、さすがにくだらなすぎて詳細は答えられない。それを良いことに、私の知らないところでその質問に「先輩が俺を救ってくれたんです」と角名が答えたせいで、話がややこしくなるのはまた別の話。
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