手を繋ぐ
秋が始まる夏の終わり。季節の境目と呼べるこの時期は、昼間は暑いが夕暮れは涼しく絶妙なバランスを保っている。そして隣を歩く彼と私も、少しふらつけばすぐにぶつかってしまうくらいに近い絶妙な距離感を保っていた。
「倫太郎くん、手繋ご」
「え、嫌だ」
視線だけをこちらへと向け眉を顰めた彼は、私のお願いを躊躇うことなくスパッと断った。
「なんでよ!可愛い彼女のお願いなのに!」
「どこだよ可愛い彼女」
「ここだよここ」
わざとらしくキョロキョロと周囲を見渡し、私と目を合わせないようにしてそんなことを言い放った彼は、手をあげて己の存在を主張する私を確認すると、ハッと少し見下すように短く息を吐いた。
「何その笑い方!」
「別に何も言ってないじゃん」
その言い方もなんだか馬鹿にされているようで腹が立つ。
人が多いところでは繋いでくれないが、人のいない道だと頼めば何だかんだで繋いでくれるのに。しかし今は本当に手を繋ぐ気はないのか、彼の両手は未だわざとらしくポケットの中に綺麗にしまわれたままだ。
拗ねるように歩くスピードを早めてみるけど、私に合わせてゆっくりと歩いてくれている彼からしてみれば、このスピードが本来の歩く速さなので特に文句を言われることもない。
しばらく続けたら疲れたので普段のスピードに戻す。すると横からフッと息を吐く揶揄うような笑い声が聞こえてきた。素早く彼の顔を確認してみるけれど、にやつくこともせず既にいつも通りの無表情に戻ってしまっていて、それがまた憎たらしさを倍増させる。
「角名くんの意地悪」
頬を膨らませながら前を向いて、何の仕返しにもならないことはわかってはいるけどもう一度スピードを早めてみる。この速度についてこれないわけないのに、ピッタリと横には並ばずあえて半歩後ろを歩くようにする彼が私の名前を数回呼んだけど、それに反応を示すことなく前を見て歩き続けた。
「拗ねすぎ」
「だって最近全然手繋いでなかったから久しぶりに繋ぎたかったんだもん」
「最近繋いでなかったのは、ナマエが手汗恥ずかしいから嫌だって言ってたからじゃん」
引っ張られるようにぐいっと手を引かれる。バランスを崩して足を止めた私の指先に自身のそれをゆっくりと絡めながら、彼が「夏の間ずっと拒否られてた俺の気持ちわかった?」と言って、私の顔を覗き込むように視線を下げた。
「……ごめん」
「いいよ別に、ぶっちゃけ揶揄ってただけだし」
「もー」
家に着くまであと数分。たったそれだけの時間だけど、こうして手を繋いで歩けるのは嬉しい。
「ね、今度の休み何する?」
「寝る」
「えー、どっか行こうよ」
「行きたいとこあんの?」
「今から考える!」
「なにそれ」
少し強い風は、秋の中に少しだけ夏が残ったような匂いした。ぬるくて少しだけ肌寒くも感じるそれは、きっとこれからどんどん冷たさを増していくんだろう。彼の少し低い体温でもとても温かいと思えるくらいに。
冬になったら今度は私の手が冷たすぎると彼にまた拒否されてしまいそうだな、なんて思いながら、週末に彼と行きたいところを頭の中に思い浮かべた。
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