過ごしやすい季節
◎2022年10月企画
十月も後半に差し掛かるこの時期に、半袖のシャツ一枚で私の部屋へとやってきた彼は、「さむ!」と肩を震わせながら、勢いよく私の足を温めていたブランケットを奪っていった。
「当たり前じゃん、こんな夜にそんな格好で」
「だって昼間は半袖一枚で過ごしてても寒くねーもん」
「夜は気温下がるし、昼間は部活してるから体も温まってるでしょ」
呆れながら見上げると、下唇を少し突き出しながら彼は不満げな表情をした。
「それにこの時期に風邪引いたら大変じゃん。全国大会かかってるんじゃないの」
私たちは小さな頃から一緒に過ごして、同じ小学校に通って、同じ中学校に通って、同じ高校に通い始めた。
リエーフは高校から始めたバレーボールで着々と芽を出し始めている。元々運動神経が凄くてなんでもこなせる人だったけど、こうして一つの種目にしっかりと打ち込む姿を見るのは初めてかもしれない。
かっこよくて、体格も良くて、頭はちょっと悪いけど、いずれ私じゃ手の届かないような場所に進んでいってしまうんじゃないかと思っている。
でも今はまだ同じ学校に通っているから、置いてけぼりにされるのはもう少し先だろう。そんな僅かな余裕を抱いていた私はかなり甘かったみたいだ。
「すごいね、全国なんてさ」
「まだ決まってないんだって。来月の春高予選勝ち抜いたら出れんの」
リエーフの体のサイズには合わない小さなブランケットの中に無理やり割り込む。狭苦しそうにしながらも私の行動に何も言わない彼は、そのまま私の肩を抱き寄せた。
彼が生まれつき持ち合わせている圧倒的なオーラは、きっとすぐに世間へと露出するだろう。こうして一緒にいられるのはいつまでだろうか。あとどのくらい幼馴染というだけの枠で、ここまで近い距離で彼と並ぶのを許されるのだろう。
夏が終わった秋の真ん中。窓から入る乾いた風は、やっと涼しさに慣れ始めた肌をさらに寒い冬を予感させるような冷たさで撫でていく。一番過ごしやすい季節。だけど、この季節はすぐに終わる。前触れもなく訪れる冬が全てを奪い去っていく。
私たちの関係も、突然現れる冬に怯える秋のような、そんな感じだ。いつまで続くのか、いつ終わるのかわからない。
「今年のケーキはチョコが良い。でも王道にショートも捨て難いか」
「……去年は来年はタルトが良いって言ってたよ」
「じゃあ今年はタルトで来年チョコで、再来年にショートだな」
「来年も再来年も私が作るの」
「当たり前だろ」
他に誰が作んだよ。なんて言いながら目を瞑り少し眠たそうにした彼は、ベッドの縁に背中を預けながら、体を温めるように私にもたれかかった。
「やっぱ寒いから窓閉めね?」
「うん」
ゆったりと立ち上がって窓を閉める。乾いた匂いが若干和らいだ気がした。ブランケットの端を持ち上げ、私のことを再度迎え入れてくれたリエーフの隣に同じように腰を下ろす。
「シフォンケーキとか、チーズケーキとか、モンブランも捨てがたいなー」
「結局私は何を作ればいいの」
「今年はタルトって言ったじゃん。で、来年はチョコ、再来年はショート、その次とさらに次とまた次がシフォンかチーズかモンブランな」
「忘れちゃうよそんなにたくさん」
「忘れたらその時はまたその場で考えようぜ」
五年後なんて、もう高校もとっくに卒業してお互い成人してるじゃん。大人になっても誕生日ケーキを幼馴染にねだるの。大人になっても一緒にいてくれるの。
きっとリエーフは何も考えてないんだろう。何も考えずに、これから先も毎年誕生日には私のケーキを食べようとしている。彼の当たり前に組み込まれ続けている。
「もっとこっち寄れよ」
「なんで」
「寒い」
「半袖なんかでいるからだよ」
小さなブランケットに身を包んで、子供が戯れ合うように身を寄せた。
「ミルフィーユとかも美味いよなー……でもそれはまたその次の年だな」
リエーフが笑うと同時に揺れた私の左肩が、じんわりじんわり熱を持つ。
「……来月の予選、がんばれ」
「おー!」
確かな理由はないのに大物を予感させる、リエーフの威勢の良い声が私の狭い部屋の中に響いた。いつまでも変わらない明るい笑顔を見せながら、彼は体の大きさに合わない小さなブランケットを掛け直し、再度私の肩を抱き寄せる。
ここに僅かに存在した寒さが溶けて、冬が少し遠ざかった。過ごしやすいこの季節は、まだ始まったばかりだ。
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