お騒がせ


「ナマエは一般人だし、俺がなんとかしてくるから」


彼が電話越しに真剣な顔でそう言ったのは、昨日の夕方のことだった。

灰羽リエーフ熱愛発覚という見出しのネットニュースを見た時、時間が止まってしまったような感覚になった。指の先がひんやりとして、自分が今息を吸っているのか吐いているのかわからない状態になる。

震える手で記事をタップした。多くの人に読まれているのか、ここの電波が悪いのか、なかなか開くことのないそれについつい焦ってしまう。

まぁそうだよねと思う私と、信じたくないと思う私とがぶつかりあって一瞬にして感情のコントロールがつかなくなる。学生時代からの長い長い片想い。私とリエーフはずっと仲が良いけれど、悲しいことにそれ止まりだ。

やっと開かれたその記事には一般女性と仲睦まじく歩く灰羽、という文章と共に写真も添えられていた。本当に、どこからどう見ても仲が良さそうで、リエーフは今や大人気のモデルとなってしまったけれど、隣を歩く女性は一般人だとしてもとても……え、あれ?この服見たことある。この背景の場所も見たことある。

顔はしっかりとモザイクがかかっているが、それでもさすがに生まれてから毎日鏡越しに見てきているのだからわかる。これ、私じゃん。

先ほどとはまた別の冷や汗がダラダラと出てきた。やばい、私、リエーフと撮られた。めっちゃくちゃデマなのに、付き合って数年で結婚も間近だろうとか書かれちゃってる。芸能人のゴシップはデマも多いと言うけれど、身をもって嘘ばかりだと知ってしまった。

本当に付き合って数年で結婚も間近だったらどんなに良いことだろう。どんどん住む世界が違くなっていくリエーフに、なかなか好きだとは言い出せず、こちとら片想い歴ばかりが伸び続けている。いい加減なことを言うのはやめてほしい。

急ながらもなんとか彼に連絡をした。彼の方も大変らしい。それはそうだろうとは思う。相手が一般人の私だからか、リエーフ本人がまだ肯定も否定もしていないからか、テレビでは特別触れられてはいない。が、ネットではファンを中心に結構な話題になってしまっていた。


「ナマエ、ごめん!」

「いやこちらこそ本当ごめん」


私たちただの仲良い同級生ってだけなのに、撮られるとはね。彼にかけた言葉に自分で傷つく。勝手に落ち込んだ私をこの記事のせいで落ち込んでいるのかと勘違いしたのか、リエーフにしてはいつになく冷静な態度で今後のことを話してくれた。

そして、冒頭の台詞。ナマエは一般人だし、俺がなんとかしてくるから。そう頼もしく言い残し、彼は電話を切った。こんなにもリエーフに安心感や心強さを感じるのは、もしかしたら初めてかもしれないと嬉しく思った。


「どーしてこんなことになってんの!?」

「どうしてって、ああ言うしかなかったから!」

「なんで混乱に混乱を招いてんのよ!」


翌日、ふとネットを確認すると灰羽リエーフと彼の名前が堂々とトレンドに入っていた。あまりのざわつき様に、まだ何があったかもわからないのに勝手に指先が冷えた。恐る恐るタップをし、人々が騒ぎ立てる原因を探し出す。そこにはリエーフ本人に突撃した記者に対応する彼の動画があった。どうやらこれが原因で騒がれているようだ。

現在あの方とお付き合いされているんですか?

その質問のあの方とは間違いなく私を指しているのだろう。任せておけと言いながら彼は一体何を言ったのか。そう思いながら、映像に映るリエーフの返答を待つ。


『今はまだ!友達です!』


元気にそう答えスッキリとした様子で歩くリエーフに、『今は…?まだ…?』と呆気に取られているのは記者のみではなく私もだ。どうやらその記者はすぐにリエーフを追いかけようとしたようだが、残念ながら動画はここで終わってしまっていた。

そしてすぐに電話をかけた私は、今家の近くまで来ているというリエーフに直接会って、先ほどの会話を繰り広げることになる。


「……今はまだ友達って、どういうこと」


あー、心臓が無駄に激しく動いて痛い。ネットの人々はリエーフの発言を受け、『これから付き合うってこと?』とおもしろおかしそうに騒いでいた。

片思い歴、何年だと思っているのだ。

リエーフにとって私は気の置けない女友達なのだと自分自身に言い聞かせ、頑張って恋心を隠しつつも、実際は拗らせに拗らせている。

彼のこの発言を聞いてからというもの、希望と期待と、そしてもしも思っているような意味ではなかったらという絶望に、同時に押しつぶされそうになっている。

リエーフは相変わらずかっこいい。どんな時も。キリッとした顔立ちをしているが、今はいつにもなく真剣な様子で、それにさらに緊張が高まる。


「……今はまだ友達だろ。でも、好きだから、今後は友達じゃない関係になりたいってこと」


そう言った彼は私の反応を伺うように大きな図体を少し丸めながら、私の両肩に手を置いた。


「嘘でも彼女じゃないとか言いたくなかったから!彼女じゃないのは本当なんだけど、でも、いやだろ好きな人否定だけすんの!」


記者にああ言ったのは、ちょっと反省してるけど。小さな声でそう言ったリエーフに、「ばか」と一言返す。「はー!?」といつものテンションで返してくる彼は私が今どんな心境なのか全然わかっていないのだろう。


「いつから私のこと好きなの?」

「結構前。でも俺たち友達期間長いから、それでいうとかなり最近」

「そう、なんだ」

「……なんか、結局なんでも俺のことわかってくれてる人だったり、そばにいると安心する人だったり、そういうの考えた時ナマエしか思い浮かばなくて。そう思ったら手放したくなくなった」


ナマエは?と、どこか自信なさげに聞いてくるリエーフはなんだか彼らしくない。もっと強気に聞いてくるだとか、好きだと自覚した途端にガンガン行くタイプだと思っていた。

リエーフの表情はなかなか好きだとは言い出せない私と全く同じだった。もしかしたら彼にとっても、長年友人であったという殻を破るのは勇気がいる行為なのかもしれない。


「好きだよ。私は最近じゃなくて、ずーっと前から、最初から好き」


夢みたいだと思った。言った瞬間に遠慮なく飛びつくように抱きしめてきたリエーフとか、この大きな背中に腕を回せることとか。


「ナマエも俺のこと好きならもっと早く言えば良かった……!」

「私ももう少し早く言えば良かったな」

「つまりこれってさ、俺たち今から付き合うってことでいいんだよな?」

「……ほんとにただの一般人の私でも良いなら」

「ただのとか言うなって!俺にとっては誰より大事な最高の一般人!」

「なにそれ、喜んでいいの」


笑った私にさらに大声で笑い返してくれる。いつもと変わらない雰囲気だけど、それでもなんとなく気恥ずかしかった。

次の日、彼が更新した『友達じゃなくなりました!』というSNSの更新ポストは瞬く間に拡散されて、また世間を騒つかせることになる。


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