好きの大きさを競う


空気の量を数えろ。そんなことを言われても正直「は?」となるだけで、馬鹿馬鹿しすぎて実行に移そうとは思わないだろう。だって無理じゃん。そんなこと出来っこない。


「倫太郎くん、私のことどのくらい好き?」


眉を顰めて真剣な眼差しで見つめてくるナマエを軽くあしらいつつベッドへと潜り込んだ。ナマエはたまに、いや結構面倒くさいところがある。背を向けてそそくさと寝ようとするも、肩を掴まれて阻止され無理やり視線を合わせられた。

どのくらい好き?もう一度そう聞いてくる。テキトーなものの大きさを答えたら、さらにまた面倒臭そうな答えが返ってくることが容易に想像できて、バレないように小さなため息を吐いた。


「目に見えない感情の大きさを言葉で表すのとか、無理でしょ」


おやすみ。そう言って力ずくで背を向けた。ナマエなんかの力じゃ俺に敵いっこない。彼女の表情は見えないが、きっと不満そうな顔をしているだろう。

俺の背中にひっついて、少しくぐもった声で「じゃあ私の方が好きが大きいってことでいいね」なんて、全く繋がらない答えを勝手に導き出して、おやすみとぶっきらぼうに言い放った。

背中に感じる温もり。オレンジ色の常夜灯が僅かに明るさを運ぶ以外、この部屋に光はない。彼女は何も言わずに静かに眠る体制に入っていた。


「……それはちょっとおかしいじゃん」


静寂を切り裂いた俺の声は大きく室内に響く。体勢を変え向かい合った俺に、顔を上げたナマエがポカンと口を僅かに開けて少しバカっぽい顔をする。


「勝手に決めつけんなよ、俺の方が大きいかもしれないだろ」

「えー、でも倫太郎くん答えられなかったし」

「じゃあナマエは答えられるわけ?」

「このくらい!」

「勝った。俺の方がデカい」


ナマエが一生懸命両腕を広げるが、俺の方が腕が長い。勝ち誇ったような俺に彼女がズルいと悔しそうに口を尖らせる。


「でも絶対私の方が好きだもん」

「それはわかんないじゃん」

「絶対絶対そうだもん。倫太郎くんたまにすごく冷たいし、私の話聞きながら眠そうにしてるもん」

「冷たくした覚えはないけど。眠いことはたまにあるけど」

「ほら!」

「こっちは毎日バレーしてんだから仕方ないじゃん。それにナマエだって興味ない話は返事テキトーだろ」

「……だって仕方ないじゃん」


俺の方が好きだなんて思ったことはないけど、でも俺の方が好きが小さいだなんて言われてしまえば対抗心が湧いてくる。

倫太郎くん、私のことどのくらい好き?もう一度一番最初の言葉を投げかけてきたナマエに、俺はまたため息を吐きながら「目に見えない感情の大きさを言葉で表すのとか、無理でしょ」と言って、小さくて細い体をゆっくりと両手で引き寄せた。

とっくに夜は深まって、いつの間にかベッドへと潜り込んでから数十分が経過している。「何してんの俺たち」と小さくこぼしながら、じわじわ込み上げてきた羞恥心を隠すようにもう一度彼女の身体を引き寄せ直すと、そろそろと俺の背中に腕を回したナマエが「久しぶりに喧嘩した」なんて若干落ち込んだような声を出すから、なんだか笑えてきて途端に全身から力が抜けた。


「こんなくっだらねぇ内容で……。てか今のって喧嘩だったの?」

「喧嘩だよ。言い合いしたもん」


擦り寄るようにくっついてくる後頭部を撫でる。こんな不毛な言い合いに決着なんかつくはずがない。

俺の方が好きだよとは口には出さないものの、俺の気持ちの方が少ないと言われるのはムカつく。いつものようにめんどくせぇと流せばいいのに、こんな話題に同じように熱くなってしまうなんて、知らないうちに俺も随分と彼女に絆されているみたいだ。


「じゃあ、仲直りしよ」

「どうやって?」

「こうやって」


抱え込むようにして力一杯彼女のことを抱きしめた。ナマエも腕にさらに力を込める。

きっとこうしていれば、六時間後くらいには自然と仲直りできてるはずだ。そもそも俺はさっきのが喧嘩だとは思ってないんだけど。でもナマエが嬉しそうにしがみつきながら目を閉じたから、そのことについてはもうこれ以上何も触れないようにしよう。


「おやすみ」


空気も感情も、目に見えないものは数えることも測ることも出来ない。だから、そんなくだらないことで言い争うのはやめて、こうして抱き合って寝るとか、くだらない喧嘩をしてしまうほどにお互い馬鹿みたいに好きなんだとか、目に見える幸せと事実だけを確かめあって、その数を数えていけばいいんだ。


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