一夜の過ち
ゆっくりと浮上していく意識の中で、違和感を感じた。体に重い何かが乗っていて身動きが取りづらい。ん〜と唸りながら体を覆う問題のそれを手に取ると、ペタっと硬い触り心地がする。暖かくて骨ばっているそれはどう考えても人間の腕で、ビックリして目を見開いて確認すれば、私の体にまとわりついていたのは100%男の人の腕だった。
嘘。なんで。混乱する頭でそっと自分の体を確認すれば、案の定服は着ていない。やってしまった。これは間違いなく、やってしまったのだ。確認するのは怖いと思いながらも、そろそろと後ろを振り向けば、そこには見知った顔の元同級生の姿。高校が一緒だった私たちは卒業してから疎遠になってはいたけれど、昨日偶然1人で入ったBARで本当にたまたま再開したのだ。
顔を見たら一気に思い出した。久しぶりに会えた嬉しさでお互い羽目を外して飲みまくって、マスターに心配されながらも2人で限界まで酒を浴びた。生憎私はどんだけ酔っ払っても記憶を無くすということは出来ないタチのため、その全てが鮮明に思い出せる。
昨日はあれから覚束無い足取りで店を出て、終電がないことに気がついて、流れで近くのホテルに入ってまたまたその流れで2人してベッドになだれ込んで、事に及んでしまった。最中の様子も、こいつがベロベロに酔っ払いながら言っていたことも、それに返事をした私も、全部全部思い出してしまってどうしようもなく頭を抱える。
「木葉、起きて木葉」
「んー、今何時」
「四時」
「勘弁しろってそんな時間に、寝かせて」
「この状況で何言ってるの、起きてよ」
上半身を起こしてゆさゆさと目の前でもう一度夢の世界へと旅立とうとする目の前の男の体を揺する。数回繰り返したところで、やっと意識が浮上して状況を把握したのかガバッと音を立てるように飛び起きた木葉は、こちらを指さしながら口をパクパクとさせた。
「お、おま、なんでここに、え……裸?やべ、え、ちょっ、どういうこと」
「とりあえず落ち着いて」
ハァと溜息をつきながら、とりあえず前隠してと毛布を投げれば、「お前はなんでそんなに冷静なんだよ!」と焦った声が飛んでくる。お互い素っ裸なのもあれだからとベッドの脇に散らばっていた下着を身に付ければ「あー、えっ、俺たち、やっぱそういうこと、だよな?」としどろもどろな情けない声が飛んできた。
「…もしかして木葉覚えてない?」
「エッ、あー…昨日、ミョウジと会って、楽しくなっていつもよりペース早めに飲んで、んで…え、俺らいつ店出たっけ……」
「何っっにも覚えてないじゃん」
「…………………スミマセン」
ハァと先程よりも重いため息をついて、ベッドの下に脱ぎ捨ててある洋服を拾い集めてそそくさと着始める。「えっ、ちょっ、悪かった、俺なんにも覚えてないけど責任取るから」と慌ててこちらへと駆け寄ってきた木葉に「バカ言ってないでせめて下着を着ろ」と足元に落ちていた奴の下着を投げつけた。
「何も覚えてないのに一体なんの責任取るって言うの」
「えー、あの、それは、えーっと」
「……無理しなくていいって」
酒の勢いで一夜を明かすことに対して後悔はあれど、もうお互いにそれでいちいち泣き喚くような年齢でもない。お酒での失敗談の1つとして話のレパートリーに追加すればいいのだ。その相手がよりにもよって木葉だったって言うのだけが笑えないけど。
「お金ここに置いとくから、もう少し寝てていいよ」
「待て、おかしいだろ!話聞けよ!」
「………何も覚えてない相手のなんの話を聞けばいいの?」
私は覚えているのだ。少し強引に引かれた腕も、思ってた以上に分厚くて大きかった背中も、見たことないような表情で必死に求める姿も、聞いたことないような甘い声で囁かれた言葉も、全部。酔いが回る頭で馬鹿みたいに浮かれて過去に好きだった男にひたすら抱かれた私をこれ以上惨めにしないで欲しい。
「昨日言った言葉も、全部覚えてないんでしょ」
「……俺はなんて言ってた?」
「覚えてないのに!……責任取るとか言わないでよ」
いい大人がいい歳して情けない。ブワッと溢れ出てきてボタボタと零れ落ちる涙が床にシミを作る。どうしたってやるせなくて、オロオロしながらこちらに向かって手を伸ばす木葉の腕を力いっぱい引っぱたいた。
「なんて言ったか全然覚えてねぇ。ごめん」
「……いいよ、あんなに酔ってたんだし。浮かれて流された私も馬鹿な酔っ払いだったんだよ」
「……全然覚えてねぇから、今思ってる事言っていい?」
ボロボロと涙が止まらない私の肩を両手で掴んで無理やり目を合わさせられる。目の前に立った木葉はいつになく真剣な顔をしてこちらを見て、そのままゆっくりと口を開いた。
「何も覚えてないのは認める、本当に悪い」
「だからいいって」
「聞けって」
「…………」
「俺が昨日何言ったか知らねえけど、これだけはわかる。俺は絶対に軽い気持ちでミョウジを抱いてないし、一夜だけの関係で済まそうなんて思ってない」
「 ……なんでそう言えんの」
「好きだったから。高校の時の話だけど。昨日会ってテンションあんなに上がったのも、ミョウジだったからだよ」
「 ……ずるい、そんなの」
「なぁ、昨日俺、ミョウジになんて言ってた?」
困ったように眉を下げて、それでもいつもと同じように声色は明るく振る舞う木葉はこちらに気を使っているのがよくわかる。そうやって馬鹿みたいに優しくて、でも肝心なところ決めきれなくて、どこか惜しい。そんな男だ。この木葉秋紀という男は。
「同じこと、言ってた」
「…………やっぱ?」
「ベロベロに酔っ払って、全っ然かっこよくないヘラヘラした顔で、可笑しいくらい呂律も不安定な状態で、あんたは私に今日を最初の日にしよって、アホみたいに笑った」
「………なかなか酷ぇな」
「最悪だよ、でも、木葉っぽいよ」
「超複雑なんですケド」
ふぅと大きく深呼吸をして、両肩に置いていた手を顔へと移動させて私の涙を親指で拭う。そのまま抱きしめられて「んじゃつまり、俺とこれから付き合ってくれるってことでいいんスか」なんて言われてしまえば「うん」と答えることしか出来ない。
「あ〜、緊張した。マジで焦った。ほんとに」
「木葉っぽくていいと思う」
「お前なぁ!仮にも今から彼氏なんだぞ!」
「昔っからどっかダサいのが木葉じゃん」
「おま、俺に対してそんなこと思ってたのかよ!?」
「今だって自分の格好見てみなよ、こんなやり取りしておいて木葉ずっとパンツ1枚だよ?」
「………………やべ、俺クソだせぇじゃん」
「今更気づいたの?」
プッと吹き出しながら笑えば、おい笑うな!と散らかった服を拾い集める木葉が少し顔を赤らめながら怒る。そんな姿を見てお腹を抱えて更に爆笑すれば、笑うなって言ってんだろーが!と焦りながらさっきよりも大きな声を出して手に持っていたパーカーをこっちへ投げつけてきた。
良い奴で、やる事言う事はカッコイイはずなのに、どこか惜しい。そんな木葉がやっぱり好きだ。
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