白布賢二郎と私じゃ釣り合わない気がしている


いつも自分に自信がなさそうだと幼い頃から言われてきた。なにをしてもうまくいかないことが多くて、不器用で、ネガティブで、これといった取り柄もない。

そんな私がなぜ賢二郎と付き合えることになったのか。これは交際を始めてしばらく経った今でもずっと疑問だった。


「ごめんね」


そう言っても特に反応が見られない背中に、バレないように音のないため息を吐く。いつもいつも、私がウジウジしているせいで彼のことをイラつかせてしまっていることはわかっている。

流石にもう呆れられているのかもしれない。最近は喧嘩の頻度も上がっている。

賢二郎は忙しい。それに人の命を預かる仕事だ。責任も私の仕事とは圧倒的な差があるはずだ。そんな彼をうまく支えるどころか私は常に負担を増やしてしまっている。最近はその思考がまた自分の劣等感を加速させて、何もかもがうまくいかない。

薄々どころではなく、最初から気がついていた。私と賢二郎ではどう考えても不釣り合いなのだ。そうはわかっているのに自ら離れられない自分の強欲さがまた見苦しくて嫌になる。

潤む瞳を必死に抑えた。ここで泣いたらもっと呆れられてしまう。本当に嫌われてしまうかもしれない。でも、そう考えれば考えるほどに泣けてきてしまってどうしようもない。


「変なこと考えてんだろ」

「……考えてない」


こっちを振り向かないまま賢二郎が話しかけてくる。必死に堰き止めている涙の存在にはまだ気づかれてはいないようだ。


「嘘つくな」


はぁと大きく吐かれたため息が怖い。もうなにを言えば良いのか正解はわからないけど、少しでも明るく聞こえるように「嘘じゃないよ」と口に出した。


「本当、怒らせてばっかでごめん。わがままだし、面倒くさいし、だめだね」


自嘲気味にそう言うと、滅多に私に向けてはされることはないはずの舌打ちが飛んでくる。それにまた心が痛んで思わず黙り込んだ。もう本当に、これが最後かもしれない。

俯いたまま下唇を噛む。賢二郎が動いたのが音でわかった。目の前までやってきた彼は、そのまま私の正面に同じように座り込んで一旦落ち着かせるように息を吸い込む。彼の次に発する一言が怖くて仕方がなかった。

しばらくそのまま。顔も上げられなくて、沈黙が今までにないほどに気まずい。不意に伸びてきた腕に思わず身を引くようにして顔を上げれば、悲しそうな顔をした賢二郎と目があった後に素早く抱きしめられた。


「……余裕、なさすぎてダサいよな」


呆れ返ったようなその声は、私に言っているのではなく賢二郎自身に言い聞かせているように聞こえた。え、と小さく聞き返してみても、彼は私のそれには反応しない。


「お前のこともっと大事にしたいのに、うまくできない自分に苛つく」


思っていたものとはだいぶ違う言葉に思わず目を見開く。力が緩められ視線が合わさる。驚くと同時に思わず堰き止めていた涙が一筋頬を伝った。なにも言わずにそれを指で掬った賢二郎の表情は硬い。だけど手つきはびっくりするほどに優しくて、それにまた戸惑ってしまう。


「……私のこと嫌いになってきてたりするんじゃないの?」

「はあ?」

「怒らせてばっかだし、なにもできないし、賢二郎に迷惑かけてばっかりで」


眉間の皺を深めた彼を見て、思わず視線を逸らした。また面倒臭いこと言った、ごめん。そう呟くと、深い息と共に「ほんとマジで面倒」という呆れ返った声が返ってくる。


「俺がうまくできてないからってわかってはいるけど、俺が、お前のこと死ぬほど好きなのここまで全然伝わってないのにも苛つく」


釣り合うとか、釣り合わねーとか、そんなの勝手に決めてんな。俺が選んだんだよ。私の心の中を読むようにそう吐き捨てた賢二郎がもう一度抱きしめてくる。玉砕覚悟で告白をした日、驚いたように普段から大きな目をさらに大きく開いて受け入れてくれた彼のことを思い出した。

彼は滅多に好きだとかそういう言葉を言わないけど、全く言わないわけでもない。彼なりに頑張ろうとしてくれていたのに、卑屈すぎてうまく見れていなかったらしい自分にまた自己嫌悪する。と、何も口にはしていないのに何を考えているのかを見抜いたように「ナマエは全然わかってくれないけど、俺が他の誰よりナマエがいいんだからな」と言い聞かせるように強く賢二郎が言った。


「なんか言え」

「……好き。面倒臭い性格してるけどこれからも一緒にいてほしい」

「わざわざそう言うところが面倒なんだよ」


もう一度ため息まじりにそう言われてしまったけれど、賢二郎の声はひどく優しかった。いつものように眉間に皺が寄っていても、怒ったり不機嫌そうな様子は全くなく、いつになく穏やかに思える。


「当たり前だろ」


遅れてやってきたさっきの私の言葉に対しての返事は、今までで聞いた中で一番優しくて温かくて、安心できる声をしていた。

背中に回された腕のぬくもりを感じながら、私もできる限りの力で強く強く抱きしめ返した。


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