「最後の男にしろ」
不意に飛んできた言葉に訪れていた眠気を瞬時に追い返した。気だるげな体を動かして、同じようにベッドへと寝そべる彼の顔を見上げる。ジッと私を見つめる聖臣は、いつだって適当な事は口に出さない。
「それは、どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「……聖臣を私の最後の男にしろって?」
押し黙った彼はそのまま深く一度頷いた。私は眉を顰めながら、彼の言葉の真意を探す。
熱に浮かされ飛びそうになる思考回路で、甘ったるい約束事をついつい口に出してしまう、そんな時間は先ほど終えてしまったはずだ。未だ残る余韻はまだ消え去る事なく体を蝕み続けている。けれど、さすがに脳は既に正常の働きを見せていた。
「お前以外の奴ともう寝る気はない」
「本当に?聖臣私が初めてだったでしょ?他の子経験しなくて良いの?」
「…………」
「ごめん、今のは私が悪かった。そんな怖い顔しないで」
「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇ」
額に張り付いた彼の前髪にそっと触れる。形の良い輪郭をなぞるようにしてゆっくりと指先を滑らせてみれば、聖臣はその手首を掴んでそのまま勢い良く状態を起こし、私を真っ白なシーツに縫い付けるように覆い被さった。
「え、ちょっと、明日も普通に仕事と練習でしょ?」
「さっきの答えをまだ聞いてない」
「……聖臣は、どうなの」
私を最後の女にする気本当にある?口には出さずとも、そういう目で彼を見つめ返した。真っ直ぐな視線は少しも動揺することなく私に突き刺さったまま。
「わからないなら、わからせてやる」
「え、ホントに!?っ……!」
落ち着いて、と、そう言いたかったけれどその言葉が口から出る前に噛み付かれるように塞がれてしまった。繰り返されるキスはいやに丁寧で、付き合い始めた頃からは考えられないくらいに上達したと思う。
一瞬で脳を溶かしていくような甘い痺れが襲いかかってくる。少し前に時間をかけてドロドロに溶かされて、やっと固まってきたと思っていたのに、また再び戻されそうになってしまっている。
「俺を最後の男にしろ」
射抜くように私を見つめたままの聖臣が、もう一度はっきりと口に出した。
「……なによ、今更」
この堅物の男と付き合うことはそういうことだと、私は覚悟を持ってその手を取ったのだ。見つめ返した視線に込めた熱を汲み取ったのか、彼は口角を上げ、しかしまたもう一度先ほどの言葉を口に出した。どうしても私の返事を確かな音にしたいらしい。
らしくない。らしくないけれど、直接確かめなければ気が済まないところは彼らしい。
「聖臣以外はもう考えられないよ」
「俺もだ。だから責任取れ。俺もお前の責任はしっかり取る」
ずっと一緒にいようだとか、そばにいて欲しいだとか、そんな甘美なものは彼の口からは一切出てこない。契約的なその台詞がどんなに甘い言葉よりも彼にはよく似合っていて、私にとっては何よりも嬉しかった。
彼の性格を知って、それでも共に歩こうと決意をしたあの瞬間から、私はとっくに聖臣以外の選択肢など捨て去っていたのだから。
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