小さな幸せ


あっ、たんぽぽ。そう言って、彼女は道端にひっそりと咲いているそれを嬉しそうに写真に収め出した。俺は彼女が口にするまでその存在に全く気が付くことはなく、よく見てるよなと思いながらその様子を黙って見守る。

ナマエは花が好きだ。それこそその辺に咲いてるやつが。うっすらと暖かい穏やかな風に揺れる黄色くて小さなそれをいつまでも見つめている彼女に、「気は済んだか」と声をかけた。うん。と短くそう言ってゆっくりと立ち上がり、ニコニコと締まりのない表情を浮かべながら彼女は俺の隣へと並びそっと指先を掬う。

俺の指をなぞるように数回撫でた後、何をするでもなくそのままするりと離れていった彼女に僅かに眉を顰めた。ふふっと息を吐くように笑ったナマエは、意味もなくただ楽しそうに見えた。


「そんなに好きなら植物園とか行けばいいじゃねぇか」

「いっつもそれ言うよね」


こんな道端の小さな一つの花なんかよりも、手入れされ整えられた花々で埋め尽くされている場所に行った方が手っ取り早いだろう。好きなものに囲まれるんだから、ナマエもそっちのほうが嬉しいんじゃねぇのか。そう思うが、きっとこいつは言葉にせずとも俺のこの考えをわかっているだろうから、あえて口には出さず彼女の次の言葉を待った。

ふわふわと綿毛のように風に舞った髪の毛を耳へとかけながら、「偶然見つけるこの感じが好きなの」とポツリと呟く。


「幸せって、そういうものでしょ?」


こちらを向いた緩い弧を描きながら細められた瞳に、少しだけ、ほんの少しだけ胸が高鳴った。

最適に整えられた環境を好む俺と、その上でさらに些細な場所から喜びを見出す彼女。俺は道端の花に喜びを感じたりなんかはしないが、偶然に出会う作られていない幸福とやらも大切にしたいという考えは、彼女と過ごす日々の中で少しずつ培われていった感覚として共感ができる。

心の中では何となくわかると思いながらも、「そんなもんなのか」と口に出した。言葉にはしなかった俺の考えをもわかっているだろうナマエは、「そうだよ」とまた降り注ぐ日差しのように柔らかく笑った。

細くて小さな指先に手を伸ばし、花に触れるように丁寧に自分のそれを絡めた。春特有の暖かな空気が、俺たちを包み込んだ。


前へ 次へ


- ナノ -