始まる予感


あまりこの手の音楽は聞かない。うるさいだけだし、なんか曲も青臭くて恥ずかしいし。

そんなことを思っていたはずなのに、僕のヘッドホンからは最近このバンドの曲ばかりが流れていた。

人間慣れというものがある。同じようなジャンルの他のバンドはまだまだうるさいだけだと思うのに、この人たちの音にはもう不快感なんてものは抱かなくなってしまっていた。


「(新曲、出てる)」


流石にC Dを買うまでには至らないものの、サブスクで配信され始めたらしい新曲を見つけすぐにダウンロードした。

見つけた、というよりもあなたへのオススメなんていう項目に載っていたから見つけられただけだけど、そこに表示されるくらいには他の楽曲も聴き込んでしまっているということだ。


「月島くん」


昼休みの終わりに声をかけてきたミョウジさんは、困ったような顔をして僕の名前を呼んだ。

どうしたの?とそう言って話しかけられた僕よりも先に彼女に返事をしたのは、隣にいた山口だった。


「来週のライブ、一緒に行くはずの友達が急に予定入っちゃったらしくて、チケット余っちゃってさ。月島くんあんまりこのバンド聴かないって言ってたけど、でも他に誘う人いなくて……どうかなぁって」


そう言った彼女が一枚のチケットを取り出す。それを覗き込んだ山口が、「あ、この日部活休みだ」なんて俺を置いてまた勝手に反応を示した。


「……休みなの伝えた後じゃ、断りにくいでしょ」


ボソッと小さく言った僕に目を開いた二人は「ご、ごめん」なんて同時に同じ言葉を吐いた。


「部活、休みだとしても疲れてるだろうし、そもそも興味なかったら遠慮せず断ってくれていいから」

「わかった。行く」

「そうだよね、じゃあ……あれ?」

「席どの辺り」

「えっ……!」


覗き込んだチケットにはアリーナの文字。結構良い場所だ。初参戦にしては贅沢。ミョウジさんは自分から誘ってきたくせに驚いたように目を丸くしていた。山口も視線を僕と彼女に行ったりきたりと落ち着きなく動かし続けている。

なんなの、僕がライブに行くのがそんなにおかしいことなの。


「だめだろうなって気持ちでいたから、びっくり」

「断られる前提で誘ってこないでくれない」

「だって月島くんこの前ほとんど聴いたことないって……あ、じゃあよく歌われる曲のリストとかあったほうが良い?セトリはわからないけど、定番曲とかはあるから」

「大体検討つく。この辺りじゃないの」


スマホを起動しアプリを開いて見せた。そのバンドの曲がたくさん並ぶプレイリスト。それを見た彼女が「そうそう」と頷き表情を緩める。


「なんだ、月島くん、結構聴いたことあったんだね」


嬉しそうに笑った彼女から思わず目を逸らした。


「……でも、やっぱり定番曲のリストは欲しい」

「わかった。じゃあまとめて明日にでも持ってくるね」


そう言って今日一番の笑顔を見せた彼女は、もうすぐ鐘がなるからと自分の席に戻っていった。その姿を横目で追って、視線を前に戻せば山口がにやけた顔でこっちを見ている。

なに。低い声でそう言っても、こいつは全く怯むことなく「何でもない」なんて言って、さらに顔を緩ませるだけ。


「ツッキー」

「だから、なに」

「……これ言ったら怒られそうだからやっぱ言わない」

「なにそれ」


山口が言いたいこと。何となく想像ついてしまうのがまたいらいらする。最後までムカつく顔を披露しながら席へと戻っていった山口の背中にバレないようにため息をついた。

歌詞も、曲調も、演奏も僕好みという訳では決してない。このバンドの音楽自体には興味なんて申し訳ないけど未だにない。音に慣れはしたものの、ハマったのかと聞かれればそれは違う。

じゃあなんで聴いてるのか。ミョウジさんが好きだと言っていたからだ。彼女が楽しそうに話をするから、どんなものかと聴いてみただけ。

この辺りが鉄板だろうと予想はつくのにわざわざリストを要求したのは、もしも違ったら困るからで、決して明日も話すきっかけが欲しかったわけではない。断じて、違う。

誰にしているのかもわからない言い訳を心の中でしながら、鐘がなるまでのわずかな時間、ヘッドホンをつけて音楽を再生した。

流れてくるのはミョウジさんが好きな、僕には興味のないバンド。曲を知らなくて楽しみ切れないのはもったいないから早くから予習をしてるだけだ。別に、彼女とライブに行くのが今から楽しみなわけじゃない。


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