酔っ払いの彼を迎えに行く
呼び出された場所へ向かうと、店先で山口くんが「こっちこっち!」と大きく手を振っていた。
「急に呼び出してごめん、ツッキー完全にダウンしてて」
「いいよ、むしろごめん。一緒にいてくれてありがとう」
「全然!それは本当に気にしないで!」
山口くんの後に続いて店内へと足を進める。案内された個室の奥には、蛍がカルーアミルクの入ったグラスを片手に持ったまま苦しそうな顔でテーブルに伏せていた。
「蛍がこんなになるの珍しい」
「だいぶ堪えてたみたいだよ、ミョウジさんとの喧嘩」
もう何が原因だったかもわからないところから始まった些細な喧嘩が大きく発展してしまい、昨日の夜からギスギスしていた私達は今朝もほとんど会話を交わすことなく家を出た。
しかし日中仕事に追われていた私は、今はもう怒りもすっかり収まって、もはやどうしてあんなに苛ついていたのかさえよく思い出せない。
「大丈夫?」
「ナマエ……?なんで」
「迎えに来たよ、帰ろ」
「怒ってるんじゃないの」
不安そうな瞳をゆらゆらと揺らし弱々しい声で問いかけてくる。少しずれた眼鏡の位置を戻してやりながら、「もう怒ってないよ、ごめんね」と、なるべく優しい声を意識して言ってみれば、僕の方こそごめんと珍しく素直な言葉が飛んできた。
「ミョウジさん、タクシー呼んでおいたよ!」
「ありがとう。ほら、山口くんがタクシー呼んでくれたって。立てる?」
ん、と小さな声で頷いた蛍がゆっくりと腰を上げた。ふらつく大きな体をなんとか支えながら、店先のタクシーに彼を詰め込むのを山口くんに手伝ってもらって車内に乗り込む。
頭を垂れる蛍の隙間から顔を出して、ありがとうと山口くんへお礼を伝えると、面白いもの見れちゃったからいいよなんて言って彼は少し悪戯っぽく笑った。
「……ナマエ、ごめん」
タクシーに揺られコテっと倒してくる蛍の頭を、もういいってと言いながら撫でてやる。すると甘えるように大きな体を器用に曲げて、首元に額を埋めてきた。
随分と酔っている彼の頭を優しく撫でながら小さく笑う。帰ったら私の方こそごめんねって、珍しく素直で棘のない彼を目一杯甘やかしてあげよう。
前へ 次へ