癖っ毛


思い出なんかいらん。なんて、そんな高校生らしからぬスローガンを掲げていた彼らの、思い出の写真を手に取る。そこに写っている現在の彼とは違う姿に懐かしさと感動が溢れ、「わー」っと思わず小さく感嘆の声を漏らした。


「何見てんの」

「昔の写真。倫太郎これどこ見てるの?」

「カメラではないどこか」


写真を顔の位置に掲げ、目の前に居る人物と写真に映る人物を見比べる。男子高校生の平均よりは確実に筋肉があって、当時は見た目は細いながらもがっしりしているなと思っていたけれど、こうしてみると驚くほど華奢に思えた。大人びた顔つきをしている印象があったのに、幼いなぁという感想を抱いてしまうほどに写真の中の彼は年相応の顔立ちをしている。

写真と本人と、視線を行ったり来たり忙しなく動かす私に「楽しい?」と眉を顰めながら目の前の彼が問いかけた。正直、すごく楽しい。何も言わずとも私のニヤついた表情から全てを察したのか、彼はわかんねーと言いながらソファに背中を預け、先ほどまで熱心に行っていたSNSのパトロールを再び行いだした。


「最近髪の毛伸びたね」

「あー……確かに」

「倫太郎の癖っ毛出てきてるよ」

「何それ」

「ほらこれ、サイドのぴょんってやつ」


ある程度伸びるとサイドが跳ねてしまう彼の髪の毛は、短く整えられることでその力は発揮されずに落ち着いていた。さっぱりとしていて、年相応に似合っていたその髪型はそれはそれでとても好きだ。けれど、この彼の意思と重力に反して反り返る癖っ毛を携えている姿も愛しくなってしまう。

高校生の頃は彼のことを影から追いかけるだけで、面と向かって話す機会なんてなかった。写真の中の彼は、私の憧れの存在だったのである。もう一度手元のそれに視線を落とした。当時、彼の試合を応援団に紛れながらひっそりと見に行った時の思い出がふと蘇ってくる。


「ねぇ、また髪短くしちゃうの?」

「伸びてきたし、そろそろ切ろっかな」

「もう少しだけこのままでいない?」


なんで、と言いながら彼がスマホから目線を外しこちらを見た。ゆっくりと近づいていって、隣へと腰掛ける。彼の少しだけ跳ねたサイドの髪の毛を指先で優しく摘んだ。至近距離で目が合う。彼は不思議そうな表情をしながら、私の言葉の続きを待っているようだった。


「私が倫太郎のこと好きになった頃思い出す」

「どういうこと」

「あの頃はもっと髪長くてさ、サイドのこの癖っ毛ももっと跳ねてて、可愛かったじゃん今思うと」

「可愛い……?それは全く共感できないけど、確かに今よりは全然長かったね」

「なんか懐かしいなぁ。角名くんのことずっとこっそり見ててさ。廊下ですれ違うだけでドキドキしたりして。当時の甘酸っぱくて初々しい気持ち、この髪の毛見てると思い出しちゃうんだ」

「角名くんとか、また随分懐かしい呼び方するじゃん」

「どうせならこの懐かしいって気持ちもう少し持たせてよ」


今はもう見慣れてしまった、サイドの髪の毛が跳ねない長さのスッキリとした彼も大好きだけれど、この跳ねてる髪型も似合っていて好き。切ってしまったら見れなくなっちゃうから、せめてあと一週間、このままでいて欲しい。


「じゃあ初々しくなっちゃうらしいナマエに俺も可愛らしい反応期待しようかな」

「え」

「ほら、もっとちゃんと恥じらえよ」


グイッと顔を近づけてきた彼に言葉を返す間もなく瞬く間に重ねられた唇に全身が熱くなった。こんな、何の変哲もないキスなんてもう何百何千としてきたはずなのに。彼の頭を支えるようにサイドにゆっくりと手を添える。最近の短くなった彼には見られなかった、重力に逆らって跳ねる癖っ毛が指先に触れた。

ヒラリと膝の上に落ちた写真に写る思い出の中の彼に抱いていた感情が、また、淡く儚く蘇る。


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