お見合い


治くんもそろそろ良え人見つけたらどうや。なんて、お節介でしかないことを言われた。

確かにこの年にもなると結婚しただ子供ができただのの話を耳にすることも多くなってきた。でもだからといって焦る歳でもないし、出会いなんてタイミングやから無理に見つけようとしてもなぁ。それに他人のそういう事に首突っ込み過ぎんのは今の時代どうなのか。

とは思うものの、相手はいつもいつも良くしてくれとる常連さん。適当にあしらうことも出来ず、うまく躱しながら「じゃあ良い人紹介してくださいよ」、なんて言って終わらせようとしたら「ならちょうど治くんにお似合いそうな可愛え子がおるわ」と突然話を持ちかけられた。

見合いなんて興味もないし、そんなとこで出会った女と一生添い遂げられる気もせんし、はっきり言って面倒臭い。貴重な休日を潰してまでなんでそんな事しないといけないんやろ。これなら働いてたほうがまだ疲れへんぞ。そう思いながらも、太いお客さんの頼みをばっさり切り捨てることもできず、「じゃあ一度顔見せくらいなら」なんて頷いてしまったのが今から二週間ちょっと前の話。

堅苦しい服を着て、堅苦しい店に入って、堅苦しい話をこれからする。憂鬱な時間でしかなかった。楽しみなことといえば料理が美味そうということだけ。

カコンと気持ち良さげに響くししおどしの音に耳を澄ませていれば、相手が到着したらしく段々と足音が近づいてきた。スッと開いた襖の向こうに、女将さんの案内と共に入ってきた女の人が一人。

俺に比べればちっこい背丈で、物腰の柔らかそうな笑顔。パッと目立つ華やかさはないけれど、お日様の光を浴びた布団に全身を包まれたみたいなあったかい心地よさがある。

今のお見合いって仲人さんとか親とか、当人たち以外の他の人が一緒にいて進行してくれるとかないんやな。なんて、そんなことを考える間も無く俺は目の前に座って控えめに微笑みながら「よろしくお願いします」と頭を下げた彼女から視線が外せなくなっていた。


「……もしかして緊張されてます?」


意外にも臆することなくしっかりそう聞いてきた彼女は、その可憐な見た目からはあまり想像できないようなハキハキとした話し方やった。

緊張。俺、緊張しとんのか……?適当に話し合わせて美味いもん腹一杯食って早く帰ろ、なんてつい二分前まで考えとったのに知らん間にその思考はどっかに消えた。俺は相手のことを知って、中身で判断してからちゃんとその人のこと好きになるタイプやって自分でそう思いこんでたのに。一目惚れとか相手の見た目しか見とらんやんって。俺のことを好きって言ってくる女にもそういうやつは割といた。そんなんで俺の何を好きになったんって、疑ってかかっとったのに。


「こ、ちらこそ、末長くよろしくお願いします」


あーもう何言ってるんや俺は。でももう止まれん。バクバク波打つ心臓の音が向かいの相手に聞こえてないかと心配になる。恋なんて別に初めてのことでもないはずなのに、今までに感じたことない高揚感と緊張感に押しつぶされて、体温もぐんと上がってなんだかもう倒れそう。

一目惚れなんてそんなん信じられんかったけどホンマにあるんや。目の前で「……末長く?」と戸惑う彼女にもう一度深く頭を下げた。事前に聞いとったけど忘れてしまったから今は名前も知らん。性格も何もかも、まだまだわからん。でも目の前のこのひだまりみたいな笑顔と声に、自分の直感がこの人やって叫んでる。


「この見合い終わったら本気で付き合ってください」


あんなに興味もなくて、ただいつもと違う美味い飯食えんなくらいにしか思ってなかった。世話になってる常連だからってもう次は絶対ないぞと思ってた鬱陶しいお節介も、全部全部180度考えが変わって今はもうこのセッティングしてくれてありがとうとしか思えない。

突然の俺のその言葉に困惑した様子の彼女が、え、とかあ、とか短くて小さな声を漏らす。その姿でさえもう愛しい。


「この短い時間内で俺のこと良えなって絶対思わせたるから覚悟してな」

「ぅ、はい。よろしくお願いします……?」


俺の圧に負けて頭を下げた彼女に思わず自然と笑みをこぼした。あぁ、俺、今日ここに来てほんまに良かった。


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