ロボットではない


喜怒哀楽。それは人間が生まれつき備えている感情である。感情の無い人間なんてこの世の中にはいないはずだ。いや、もしかしたら私が知らないだけでこの広い世界を探せばいるのかもしれないから、断言するのはよしておこう。でも、そんなに多くはいないと思っている。


「北くんってロボットだったりする?」

「なんやいきなり」


無表情以外の顔を見たことがなかった。まだこのクラスになってあまり日数は経過していないし、この人とは初めて同じクラスになったからずっと見てきたというわけではないのだけど。それでも同じ教室で過ごしていれば、少しくらいは目に入ってもいいはずだろう。笑ったり、怒ったりしている様を今まで一度も見たことがない。気になってしまってストレートに本人に聞いてみれば、彼は不思議そうな顔をしながら少しだけ眉を顰めた。

……あ、嫌そうな表情。ちゃんと感情あるんだ。


「ごめん、いきなり失礼だったよね」


気にしないでと言いながら、彼から視線を少し外して窓の外を見た。柔らかな春の日差しがぽかぽかと気持ち良い。気にしとらんと言いながら、彼も同じように風に揺れる新緑を見つめていた。


「笑ったりしてるところ見たことなかったから、感情ないのかなとか思っちゃってた。でもそうじゃなかったみたい。安心したよ」


素直にそう伝えると、彼は「何言うとんの。俺もちゃんと人間やで」なんて言いながら控えめに笑った。もっと無機質っぽい声を発するイメージだったのに、その声はどこか安心する音をしていて、耳に心地良くスッと流れるように入ってくる。初めて目にした彼の笑顔は想像していた以上に明るいもので、そして優しかった。もっと感情はあっても表情は乏しくて怖そうな人なんだろうと思っていたのに。


「北くんってそんな風に笑うんだ」

「そんなってどんななん?」

「……綺麗?美しい的な?」


私がそう言うと、彼はハハッと声をあげてもう一度笑ってみせた。先程よりも大きく、しかし上品なまま。その表情は降り注ぐ春の日差しのように柔らかく、ひだまりのようにほんのりと暖かかった。どこか神秘的にも感じる彼のその笑顔に、私はなぜだか、吸い込まれるように視線が引き寄せられ、一瞬たりとも目が離せなくなってしまったのである。


前へ 次へ


- ナノ -