先輩の彼女について双子が悩む


ぽかぽかと心地の良い陽気に包まれている休日の午後。しかし、休日といっても私たちには部活があるため、お昼寝をしようなどということは残念ながらできない。

水道の裏に隠れるようにしゃがみながら、こそこそと仲良く話をしているのは、うちの部活、ひいてはこの稲荷崎高校の名物と言ってもいい一学年下の宮兄弟。大きな大きな体が全然隠れきれていないことに笑いながら、お疲れ様ーと声をかけ、ドリンクを補充するために蛇口をひねる。

ひんやりと冷たい水に触れるのが嫌な季節ではなくなってきた。せかせかと動き回って僅かに汗ばんだ体を冷やすため、しばらく勢いよく噴き出す水に手を浸す。すると、双子がおもむろに顔を出した。


「……北さん近くにおる?」

「いないよ」


呼んでこようか?と言おうとしたけれど、ホッとしたような二人の顔を見て違うなと瞬時に判断する。

いつも喧嘩ばかりの二人がこうして一致団結している時は、何かを企んでいる時か、余計なことをしでかした時――つまりあまり良くない展開のことが多い。また何かしたのかと怪しむような視線を投げかける。それに気がついた侑が、「ちゃうちゃう」と焦ったような声を出した。


「なにが違うのか私にも教えて」

「えっ」

「話せないことなの?悪口とか?」


もう一度ちゃうちゃうと先ほどよりも焦ったように言った侑に、「ただの噂話ですわ」と慌てて食い気味に答える治。こんな風に全国の高校バレー選手たちに一目置かれ、恐れられているであろう二人の唯一の天敵とも言っていい存在が、あの北だなんて本当に面白い。


「他の部活してる俺のクラスメイトが昨日、『北先輩って彼女いるらしいで』って言ってきたんですよ」

「にわかには信じられん」

「仮にいたとしてどんな感じの人なんやろ」


うーんと顎に手を当てながら考える二人。私の返事を待つ間も「北さんの彼女ってやっぱ大和撫子って感じなんかな」「物静かで育ちも良い感じの」なんていう勝手な想像を膨らまし続けている。


「北の彼女は至って普通」

「そうなん?」

「趣味は茶道、特技は生花みたいな人やなくて?」

「全然。北も二人が思ってるよりももっと普通の人だよ」


ええ、と声を揃えた二人は一瞬驚いたような顔をして、そして「てか彼女いるんはほんまなんや……」と驚いたというよりも感心しているような声を出した。


「あと彼女の前ではあの人も甘えるんやろかって気になって気になって」

「ナマエちゃんはどう思う?」


双子が揃って首を傾げ、話を振ってくる。


「確かに、北が彼女とはいえ他人に甘えてるところとかはだいぶ想像しにくいかもしれないねー」


二人は、私の返事に同意するようにウンウンと頷く。


「いつもいつも私の方が甘えちゃうけど、でもちゃんと信介からも甘えてくれるんだよ、すっっごくわかりにくいし、ほんとたまにだけど」

「「へえー」」


二人の意外だというような驚きの声が重なって、そこで一旦話は途切れた。話しながらもゆっくりと進めていた作業の手をせかせかと動かす。

辺りに響く水道から勢いよく飛び出すジャージャーという水の音。それとカシャカシャという私の作業音。それを一瞬でかき消すように双子が叫んだ。静かだった空間が一気に騒がしくなる。


「ちょいちょい待って今のって!!」

「まさか……!」


慌てふためく二人に視線を向けた。すると、その向こうにいる人物と目が合った。


「ミョウジも二人もここにおったんか。そろそろ休憩終わるで」


タイミング良く北がやってきた。「うえ、あ、北さんっ……!!」と動揺しまくる双子に怪訝な目を向けた北は、その表情のまま私の方を向いて「なにがあった?」と不思議そうな声を出す。


「北の彼女はどんな人なのかなぁって」

「……なんそれ」

「彼女には甘えるのかどうかも気になるらしいよ」


どうなの信介、と普段は他の人たちの前では呼ばない下の名前を口に出す。ふふっと笑うと、北はそれだけで全てを察したのか眉間に僅かに皺を寄せた。双子が息を飲んだのがわかる。


「侑も治もくだらん話はそこそこにせぇよ。ナマエもな」


そう言ってそそくさと去っていった北の背中にもう一度笑いかけた。侑と治が声にならない声をあげながら何かを叫んでいる。


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