くだらない帰り道


人前でよく寝れるな。と、電車内で船を漕ぐ人たちを見て思う。顔も名前も知らない赤の他人に寝顔を晒すなんてこと俺は出来ない。百歩譲ってマスクとか何かで顔を隠したい。

コツコツと左側に座る彼女が俺の肩に不定期に頭をぶつけている。彼女もこういう場でも寝れてしまう側の人間だ。髪の毛でその寝顔は拝めないけど、人も少なくないこの車内でその顔を安易に晒すことをしないのは良い事だ。

ふらつく頭を抱き寄せ俺の肩にしっかりと固定して、整えるように少し跳ねた髪の毛を撫でてやる。起きる気配の全くない彼女はそのままピタリとも動かなくなって、俺に遠慮なく体重をかけながら気持ちが良さそうに深い呼吸を繰り返していた。


「次、降りるよ」

「……ん〜、あと五分」

「もうあと二分で着くんだよな」


ここを家か何かだと勘違いしているのだろうか。そんなことを言い出した彼女の肩を小さく揺すると、ゆっくりとした動作で頭を起こし、開ききらない重たそうな瞼を一生懸命に持ち上げながら俺の方を見つめる。あまりにも無防備すぎるその表情に不意に笑ってしまって、短く息を吐いた俺を不思議そうに見やる彼女の頭を隠すようにもう一度自分の肩に押し付けた。


「あんまりそういう顔は俺以外に見せないでくれるかな」

「どんな顔?」

「すげーアホ面。ちなみにここ電車の中ね」

「……やば、そうだ、え、今どこ?」

「もう着くよ」

「もう?私頭ボサボサになってない?」

「大丈夫。さっき直しておいた」


ありがとうと言いながらも、俺のことを信頼していないのか慌てて手櫛で髪を整え始めた。彼女の膝の上に置いてある小さなバッグを手に取って、「大丈夫だって言ってんじゃん」と少し文句を言ってやる。立ち上がった俺に続いて電車を降りた彼女が、俺の隣に並んで「自分の荷物くらい持つよ」と左手を差し出してきたので、その手を自分の右手で掴んでそのまま指を絡めた。


「家までデカい荷物引きずって帰んないといけないから、ナマエのこんな小さいカバンなんて何も気にならないよ」

「ありがとう。……でもデカい荷物って何?今日特に何も買ってないよね」

「さぁ、なんだろう」

「……もしかして私のこと?」

「…………」

「ちょっと!否定してよ!」


繋いだ手をブンブンと振って離そうとしてくるが離れてはやらない。「デカい上に暴れる。持って帰るのすげー大変」なんて意地悪く笑って見せれば、ナマエはまた頬を膨らませて一言不満そうな声を出した後、今度は俺を引っ張るようにして走り出した。


「危ないって」

「次は倫太郎くんが荷物役」

「なにそれ……まぁいいか」

「うわ、重っ、急に足止めないでよ!」

「ちゃんと家まで運んでくれなきゃ困るんだけど」

「散歩嫌がる犬みたいになってる!しっかり歩いて!」

「荷物は自力で動けねぇから」

「じゃあもう私一人で帰ろ。手離しちゃうよ」

「離させねぇから。ちゃんと持ち帰って」


こんなやり取りをしている奴らをもしも見かけたら、俺なら絶対にウワッと若干引きながら横を通り過ぎるだろう。なのにナマエとなら、側からみたら引くようなくだらない会話でも普通に交わせてしまうから笑えてくる。

人前でもどこでも寝られるような俺とは全然違うナマエと、横を通る誰もがきっとくだらねぇと思うんだろうやり取りをしながら、今日も俺たち二人の一日は、自分には似つかわしくないような大きな笑顔で終わりを告げる。


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