田中龍之介への気持ちをチョコと共に溶かす


放り込んだトリュフがゆったりと口の中で溶けていくのがわかる。もう少し甘さ控えめに作りたかったけど、これはこれで美味しいからまぁいいか。鼻に抜けていく甘ったるい香りと、ほんのりと残る僅かな苦みを確認するように舌の上でコロコロと転がした。

いつもならすぐに部活へと吹っ飛んでいくはずの田中が、今日は大人しくまだ席にいる。それを珍しく思いながら、少し揶揄うように「それどんな顔」と、深刻そうな表情で背筋を伸ばし俯いている彼に話しかけた。


「俺になかなかチョコが渡せず悩んでいる女子がまだいるかもしれない」

「それ待ってんだ」

「おう」

「ちなみに今のところ何個もらえたの」

「…………」


きっとこの感じからするとゼロだな。あははと声を出して笑ってみせれば、笑わないでください!と必死な顔をして田中が叫んだ。数日前からずっと彼がソワソワしていたのを知っている。それなのに結局ここに至るまで一つも貰えていないだなんて、それに関しては少しだけ同情した。


「クラスの女子から貰うという俺の一つの夢は途絶えた」

「何それ」


笑う私を横目に悔しがる田中は、少ししょぼくれながら机の上に広がりっぱなしだった教科書を片付け席を立った。


「部活頑張れー」

「……おー」


項垂れながら歩いていく背中が少しずつ小さくなっていく。哀愁漂うその後ろ姿に小さなため息を一つ吐いて彼の名前を呼んだ。人の少なくなった教室に私の声が僅かに響く。扉に手をかけていた田中がゆっくりと振り返って、「なんだよ」と口を開くと同時に、カバンの奥底から取り出した一つの小さな箱を投げつけてやった。

しっかりとキャッチしてくれた田中は不思議そうにそれを見つめ続ける。そんな彼に「クラスの女子から一つも貰えなかった可哀想な田中にあげる。口に合うかはわからないけど」と言えば、やっとそれが何であるかピンと来たのか、素早く引き返してきて私の机をバンと大きく叩いた後、声にならない喜びを顔全体で表現して見せた。


「神よ……!!」

「うっるさ。返してもらうよ」

「一度受け取ったからにはもうこれは俺のものです!」


その場で箱を開けた田中は、いちいち大袈裟な反応を示してくれながら、中に入っているうちの一粒をそーっと口に運んだ。目の前でこうして美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。彼はうめー!と噛み締めるように叫んで、残りはもったいないからゆっくり食べると大切そうにカバンにしまった。

きっと、部活に行けば、あの美人な先輩と可愛い後輩のマネージャーが何かしら用意してくれているんだろう。そして田中は彼女たちが用意したそれが義理チョコだとしても飛び跳ねて喜ぶんだろう。私があげたこれと同じように。

たとえ私がどれだけ頑張って慣れないお菓子作りに挑戦してみたって、一人にしかあげる予定がなくったって、部員全員に同じものを配るんだろう彼女たちのチョコレートとの価値は変わらないのだ。それどころか、田中からすればあの先輩から貰うそのチョコレートの方がよっぽど価値があるものだと思うかもしれない。


「ありがとよ!」


そう言ってとびきり元気な眩しい笑顔を向ける田中に、「どういたしまして」と返事をした。そろそろ部活遅れると慌てて教室を出て行った彼に笑いながら、「いつでもどこでも騒がしいなー」と一人残された教室でこぼす。

バレンタインチョコと一言で言っても、たくさんの種類とそれに込められる想いがある。好意、感謝、友情、義理。まだまだ他にもあるだろう。ならばこれで最後だと、ちょっと苦い想いを詰め込んだものがあったっていいじゃないか。

引き戻れないところまでは行ってない。涙を流すこともない。膨らみかけた蕾状態だった芽を早々に摘み取ってしまっただけだ。

茶化しながら渡したは良いけれど、意地でも義理だとは言えなかった。彼だけに渡すために作ったチョコレートの、余った数個を鞄から取り出しもう一度口に含む。さっきは少し甘すぎたかなぁと思ったのに、今食べてみたら、もう少し甘く作っても良かったかもしれないなんて思った。

女子に話しかけられないと嘆く彼が、気軽に接せられる女友達として、私はまた明日から彼と少しサバサバとした友情を育んでいくのだ。

しっとりとした舌触りのトリュフがゆっくりゆっくり崩れていく。摘んでしまった想いを溶けゆくチョコで優しく包んで、静かに静かに消化した。ほのかに残るその余韻は、やっぱりちょっとだけ甘さが足らず苦かった。


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