西谷夕が拾い上げてくれる


なんだか虚しく感じる。そんなどこかセンチメンタルな一人の夜。誰かと話したいけど、元気が出るどころかさらに寂しさが増して気が滅入ってしまいそうな気もした。窓から吹き込む風にお風呂上がりの火照った体がどんどん冷やされていく。風量自動に設定していた部屋を暖めてくれていた暖房は、冷たくなっていく室内を元に戻そうと大きな音を立てまた頑張って働き始めた。

澄んだ空気が刺すように肌を刺激する中、遠い向こうで輝く星を見上げる。キラキラと瞬くそれはきっとこの空を埋め尽くすほどの数が存在するはずなのに、ここからじゃうまくその姿を捉えることができない。光の強い数個のみが暗闇に浮かび上がる。それを焼き付けるように瞬きもろくにせずジッと見つめていた時、誰かからの新着メッセージを知らせる小さな音が響いた。


『すごかった!!』


それだけが書かれた短い文章。一体何が?と思っていたところに追加で写真が送られてくる。満天の星。画面には収まりきらないほどの無数のそれらは、先ほど私が見上げていた空と本当に繋がっているのかと不思議になるほど。

すごいね。今はどこに居るの?と、同じく短い返信をする。すぐに既読がついて返ってきたそこには、聞いたことはある北欧の小さな都市の名前が記されていた。彼は定期的に連絡をくれるけれど、その度にいる場所が違うから驚いてしまう。たまに理解し難いとんでもないエピソードや、彼のコミュニケーション能力の高さが伺える話を聞くたびに、私はまだまだ自分の見ている世界がどんなに小さいものなのかを自覚するのだ。

震えたスマホを手に取ってスピーカー設定にした。少し大きすぎる声量で興奮気味に今回の旅の話を聞かせてくれる彼に笑うと同時に、先程まで自分が抱えてた悩みだとか言葉にできない不安だとかがいつの間にか吹き飛んでいることに気付く。

彼は、自由だ。どんな時も。私なんかじゃ考えられないほどに。

その生き方がかっこよく思えるし、羨ましいとも思う。自分にできないことを成し遂げる彼に無意識に救われているのだ。昔からそうだった。小さな小さな教室で出会った彼は、バレーボールで大きな舞台に立って、でもその場所には留まらず誰もが驚く道へと歩みを進めた。こんなにも広い世界で自由に羽ばたきながら生きている彼と出会えたことは、私にとって奇跡と呼ぶに相応しいことだと思う。


「ノヤの話聞いてるとさ、私の悩みとかすごくちっぽけに思えてくるね」


カラカラと音を立てながら少し立て付けの悪い窓を閉めた。暗い空は見えなくなって、スマホの画面に彼から送られてきた明るい夜空だけが映し出される。小さく零した私のその呟きを、彼は聞き逃さずに丁寧に拾い上げた。


『ちっぽけなのも大事だ。それがわからないと世界の大きさとも比較できない!』

「……え?世界?」

『なんでも小さいものを知ってないと、でっけぇもの見てもそのデカさに気づけないだろ』


さも当たり前のように彼は言うが、それに気が付けることがそもそも凄いことなのだ。思ってもなかった励まし方をしてくれた彼に、あの小さな教室で共に過ごしていた時から変わらない憧れと尊敬と安心を抱き続ける。いつまでも変わらない彼の大きな大きな存在感が、私を元気付け少しの勇気をくれて心を自由にさせてくれる。

落ちかけた私の気持ちはいつだって彼に掬われて、地面へとつく前に舞い上がるのだ。


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