次期部長は山口忠しかいない


※2020winter企画短編


「山口くん、なんか最近元気ないね」

「……そうかな?」


月島くんは今日はお兄さんのところに行くからと校門で別れて、珍しく山口くんと2人だけで下校している今日。ここ最近何だか元気がないというか、何かに悩んでいるのか山口くんは大人しい。

周りになるべく悟られないようにとそれを押さえ込んでいるから他の人はあんまり気付いていないけど、私と月島くんは付き合いが長いからかバレバレだった。月島くんには僕は巻き込まないで欲しいから理由を聞くのなら2人になった時によろしくとこの前言われてしまったので、その話題を振るならば今日しかないなと思って先ほどから少しタイミングを見計らっていたところだ。


「別に落ち込んでるとかそういうんじゃないから、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


山口くんはよく眉を下げて笑う。私はその顔が好きだ。優しくて暖かい、安心できる笑顔。いつものその顔は、いうならば嬉しさが零れて仕舞いきれなくなって困っちゃったみたいな、山口くんから溢れ出す人柄が覗けるから好きなのだ。でも今はどうだろう。今の笑顔はそれと似ているようで全く違う気がする。

心配を隠しきれないような、不安が滲み出ているような、温かさは感じられない少しだけ冷たいような笑顔。そんな顔をして笑いながらポリポリと頬をかく山口くんは、何だかちょっと嫌いだと思った。溢れてくる心が見えない。感情を殻に閉じ込めてしまおうとする。他人を拒否する笑顔だ。


「今の山口くん、あんまり好きじゃない」

「へ!?」

「ごめんって言いながら、そうやって拒絶しないでよ」


山口くんは優しいから、みんなに心配をかけないようにっていつも気を使っているのを私は知ってる。そんなところも好きなところの一つだ。でもたまに月島くんと私の前でポロッと零す本音が、もっともっと好きだったりする。

優しくて強い山口くんを間近で見れているような気がして。でも今の山口くんは私にも月島くんにも何も言わない。それがなんだか寂しい。


「……ホントは誰にも言いたくなかったんだけどさ」

「うん、なに?」

「俺、ほんとに来年から主将とか出来るのかなぁって」


年明けに開催される春高。それに勝っても負けても、あと半月もしないうちに今の三年生は引退していく。澤村先輩の後を引き継いだ縁下先輩の、さらにその後を引き継ぐというのは大きなプレッシャーなんだろうというのは想像に容易かった。

古豪と言われていた烏野は今ではもう立派な強豪の部類に入るわけで、そんな部活の部長に指名されるというのは色んなものがのし掛かってくるんだろう。それに私たちの学年はまぁ問題児ばかりで、みんな自由人だ。だけどみんな相当に強い。そんな人たちを束ねてトップに立たなきゃならないというのは相当な覚悟もいることだろう。それこそ私みたいないちマネージャーには想像できないくらいの。


「でも私は山口くんしかいないと思うよ」

「……そうかな、みんなそう言ってくれるけど自信なくて」


視線を下げて硬い表情でため息をついた山口くんは「カッコ悪いとこ見せてごめんね」と申し訳なさそうに言う。こんな事くらいで格好悪いなんて全然思わないのに。誰にもなにも言わずに抱え込んだままの方が格好悪いと思うと素直に口に出せば、少し驚いた様子の山口くんが「やっぱりミョウジはすごいや」とヘラっとした顔で笑った。


「もっと自信持ってって言いたいけど、でもちょっと自信ないくらいが山口キャプテンっぽくてそれもいいと思うなぁ」

「どういうこと?」

「山口くんはその少し足りない自信を頑張って補おうとする時に、本当に強くなれる人だって知ってるから」


道端に振り積もった雪を踏んでシャクッと濡れっぽい音が響く。端っこにかき集められた雪は土がついていて汚いけど、ほんのりと街灯に照らされて黄みがかったオレンジっぽい光で反射して眩しかった。

「私たちが自信持って山口くんしかいないって言ってるんだから大丈夫なんだよ」と声を掛けたところで、隣を歩いていたはずの姿が見当たらなくなっていることに気がついて足を止める。振り返った先には黙ったままの山口くんが俯き気味に少し手前で立ち止まっていた。振り返った拍子に踏んだ雪がまたシャクっと音を鳴らして静けさを強調させる。山口くん、と名前を呼ぶと少しだけ困ったような顔をしながら笑った彼が顔を上げた。


「ミョウジにそう言われたら、頑張らなきゃって思うよ」


さっきみたいに頬をかきながら、眉を下げて笑う。同じような仕草、同じような笑顔。だけど先程までのあんまり好きじゃなかった笑顔はもうどこかへ消えていた。嬉しさと恥ずかしさとやる気が溢れて零れたような笑み。そんな山口くんの顔が、やっぱり好きだと思った。


「やっと私の好きな山口くんになった」

「へ!?」

「今の山口くん、好き」


へへっと笑ってまた前を向いた。足取りが軽かった。一歩踏み出すたびにシャクシャクと音を立てる雪でリズムをとりながら鼻歌まじりに歩いた。後ろから少し遅れて追いついた山口くんが慌てながら「どっ、どういうこと!?」と焦ったように問いかけてくる。「そのまんまの意味だよ」と首を傾げると顔を真っ赤にした山口くんがキュッと口を結んで恥ずかしそうに鼻の下をかいた。


「俺も、ミョウジのそうやって素直なところが、好き」

「ホントに?ありがとう」


嬉しくて笑ったら、山口くんも笑った。二人で並んで家までの短い道を歩く。今度月島くんに解決したって報告しよう。きっとどうでもいいとでもいうような態度を取ると思うけど、月島くんも心配していたことはわかっている。


「春高、がんばろうね」

「そうだね」


シャクシャクと二人分の音が響き渡る。心の奥がポカポカして、寒い冬なのに暖かい春の風に吹かれているみたいな気持ちになる。こういう気持ちにさせてくれる山口くんのことが、やっぱり好きだなと思った。


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