及川徹と進路の話


夏の時期はとっくに終わったはずなのに、ダラダラと長引いていた残暑がやっとこさ過ぎ去ってくれた。しかしなんの前触れもなく過ぎ去ってしまったせいで、急な温度の変化に体は上手くついて行かなくて少し風邪気味。秋はどこに行った?と聞きたくなるほど寒い日もある。もう冬が近づいているのだろうか。


「寒い〜」

「もう少しスカート長くすれば?」

「嫌だ、この長さが一番可愛い」

「え〜じゃあ俺に包まれてみる?」

「ウザイから遠慮する」


青葉城西高校では月曜日は男子バレーボール部の部活はない。土日も目一杯練習をしている男バレはこの月曜日以外はなかなか休みがなく、自由な時間を作ることは出来ない。

そんな貴重な月曜日を毎週のように割いてくれて一緒にいてくれる及川徹は、私の彼氏であり、我がバレーボール部の主将である。


「夏は暑すぎて嫌だなぁって思うけど、でも寒いのに比べたら全然マシ」

「女の子は汗かくとかメイク落ちるとか日焼けするとかで夏の方が嫌いって子の方が多くない?」

「ん〜確かにそうだけど冷え性だし指先とか痛いのヤダ」

「毎年モッコモコだもんね冬」


今週も例に漏れずこの月曜日のオフに一緒にいる。今日は徹の家には誰もいないって言うから徹の家にやってきた。他の人が言うにはキラキラ王子様らしい徹のルックスからはあまり想像が出来ないような質素な和室が彼の部屋。

今はその部屋で徹が明日までに提出の最終の進路相談の用紙を書いているので、それが書き終わるのを待っている。

まだ暖房をつけるような時期ではない。けれどブレザーだけでは少し物足りない。でもコートはさすがにまだ着てない。温かさを求めてハンガーにかけてあった徹のジャージに袖を通せば、柔軟剤の香りの中にわずかな徹の匂いがして嬉しくなった。


「徹の匂いする」


クンクンと匂いを嗅いでいると、複雑そうな顔をした徹が振り向く。


「俺に抱きついた方がもっと匂いするよ」

「いい。早く終わらせて」

「塩対応!」


腕を引かれて抱き寄せられて、途端に全身が暖かくなる。座ったまま後ろから抱きしめられるようにして回された手に触れると、体温の高い徹の指先がそのまま私の手を包んだ。

ジャージよりもずっと濃い徹の匂いに包まれてしまえば、洗ったばかりのそれから僅かに香っていた香りはかき消されてしまう。


「う〜ん、暑い」

「寒いって言ってたじゃん」

「ジャージ着たらちょうど良いから」

「ワガママ!!」


じゃあホラ脱いでとその体勢のままジャージを脱がされる。ポイッと部屋の隅に投げられてしまったジャージはぐしゃりと音を立てて床に沈んだ。あー、シワがついちゃう。


「暖かいところに引っ越したい〜」

「どこそれ」

「南の方?」

「雑なんだけど」


2人してくっついているとシワになるためか、ジャージを脱がされた流れでブレザーまでも脱がされる。ちなみにそれは投げられることなく傍らに置かれている。良かった。


「国際の短大でしょ?いいじゃん卒業したら海外住めば」

「えー、徹と離れちゃうよ?」

「離れないよ」

「ついてきてくれるの?」

「ナマエが俺についてくるの」


ぐっと後ろから体重をかけられれば、耐えられるはずもなくベシャッと前に倒れる。上に乗られるのは重くて苦しい。どいてと言っても嫌だと返ってくるのはもう解っている。


「徹の進路はどこなの、この期に及んでまだ教えてくれてないじゃん」

「もうちょっとしたら言うよ」

「そうやってまたはぐらかす〜」


本人からはっきり聞いたわけでもないし、岩泉でさえも徹の進路に関しては何も答えてくれない。

徹からバレーを取ったら何も残らないとまでは思わないけど、バレーボールを取ったら徹が徹じゃなくなってしまうとは思う。プロにでもなるのだろうか。

この、宮城じゃない土地に行ってしまうのかな。バレーボールを本気でするのなら、きっとそうなるんだろうな。


「もう私は徹が何をしてどこに行くって聞いても驚かないよ」

「ほんとに?」

「バレーボールやってないと、死んじゃうもんね」

「……それはどうなの。まぁ間違ってもないけどさぁ」


ゴロンとそのまま敷いてある布団に横たわった徹は、私を抱えたまま器用に向かい合わせになると、そのままムギュっと音がするんじゃないかという勢いで抱き寄せた。


「でもそこにお前もいなきゃ死んじゃう」

「寂しいと死ぬウサギか」

「待てるのは2年。だから絶対留年とかするなよ」

「しないよさすがに」


きっと徹はこの宮城を飛び出して、もっと大きなステージに飛び出すんだ。ここで燻ってていいような男じゃない。徹のバレーはもっと、もっとみんなに注目されて欲しい。


「たとえ地球の裏側でもついていくよ」

「言ったな?それちゃんと聞いたからね?」


グリグリと押し付けられる頭を痛い痛いと笑いながら撫でた。フワフワの茶色い髪の毛がくすぐったい。

今さら徹を止められないのはこっちも承知の上なんだから、私がついていくしかないんだよ。

どこにでも行く覚悟は出来てる。そこで徹と一緒なら、そこがどこでも構わない。


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