花巻貴大とクリぼっちを回避
※2020winter企画短編
公園に降り積もった雪を一掬い。当たり前に冷たいそれを両手で包み込んで軽く丸める。ある程度形が整ったところで、ベンチに向かって歩くダルそうな背中へと目掛けてそれを投げた。
「冷たっ!は?」
「背中向けてるからだよ」
「おいそりゃねーべ」
見事雪玉を背中で受け止めた花巻はコートに付いた雪を手で払いながら、しゃがんで片手で雪を掴む。やば、逃げなきゃと思った時にはもう遅く、私の右腕にバシッと雪が投げられた。
「うげ〜!濡れる!」
「最初に投げたのそっちな」
そう言いながら雪を丸め続ける手をとめない花巻を見て、負けじとこちらも雪玉を生産する。ある程度溜まったところでそれを腕に抱えてどちらともなくそれを投げつけた。
「手加減してよ?!」と真正面から雪玉にぶつかった花巻が雪まみれになりながら叫ぶけど、バシッと左ももに雪玉をぶつけられた私も紺色のコートが真っ白に染まってしまった。
「うるせーくらえ!」
「女の子がそんな言葉使っちゃダメでしょーがっ」
「うわ!ねぇあんたが下半身ばっか狙ってくるから下ビッショビショなんだけど!」
「俺はお前がノーコンのせいで全身水浸しよ」
バシバシと作った雪玉を全弾投げ終わったときにはお互いにぐしょ濡れだった。突発的に始まった理由のない雪合戦になんだか面白くなってきちゃって「高校生にもなって何してんだろ」と笑うと「ほんとにね」と笑いながら自分じゃ届かない背中側についてる雪を払ってくれた。
「こんなことばっかしてるから彼女いないんだよ花巻」
「そっくりそのまま返すわ」
「今年もクリぼっち?寂し〜!」
「だァからそっくりそのままお返ししますって」
花巻の背中の雪を払って、最後にバシンっと強く叩くと痛ってぇと1歩前につんのめって大袈裟なリアクションを取る。そんな花巻にクリぼっちパーティでもしようと提案すると、何でそんな悲しいパーティしないといけないのと呆れた顔をされてしまった。
カバンを肩にかけ直して、何しようかなーやっぱプレゼント交換とか?と言うと、そもそも25日お前空いてんの?と眉間にシワをよせた花巻が顔を覗き込みながら聞き返してくる。
「空いてるよ。花巻誘おうと思ってたし」
「勝手すぎだろ、もし俺に予定あったらどうしてたのよ」
「そしたらホントのクリぼっち過ごすしかないよ」
日が落ちてきて先程よりも更に寒さが増してきた。公園を出て家の方向へとサクサクと足を進める。びちゃびちゃになったコートはもう着てても意味が無いくらいに冷たくなっていた。花巻は首に巻いたマフラーに顔を填めながら、珍しく黙って静かに隣を歩いている。そんな横顔をチラチラとたまに見てみるもこちらの視線に気づく様子はない。
道端に作られた小さな雪だるまを見つけて座り込む。そこでやっと私の方を向いた花巻が「まだ雪触んのかよ」とため息をついて同じように隣にしゃがみ込んだ。
「溶けかけてる」
「何日か前に作られたやつなんじゃね」
「新しいお友達作ってあげよ」
全長たった30センチほどのその雪だるまと同じ大きさになるようにコロコロと雪玉を作る。せっせと作業を進める私をみながら「お前さ」とポツリと口を開いた花巻の方を見れば、いつもよりも真剣な表情がこちらを向いていた。
「なに?」
「えーっと、あの………さ、なんつーか………その」
「ねぇそこの石取って、目にする」
「………え、はい」
「ありがとう」
視線をさ迷わせながらなかなか次の言葉を紡がない花巻にしびれを切らして足元に落ちていた石を取ってもらう。作った雪玉を重ねてその石をグッと押し込むと、雪だるまのサイズには少し大きすぎる目が2つ付いた。
「出来た」
「良かったネ」
「で、何?さっきの続き」
「…………え、今?」
催促してもウジウジうだうだ。なかなか口を開かない。ハァと呆れた顔を向ければ「なんて顔してんだ」と少し焦った声が飛んでくるから、手を伸ばして頬をつねった。「いてぇ!つか冷てぇ」と言いながらその手に自分の手を重ねた花巻をじっと見つめる。気まずそうに目を逸らした花巻はここまで来ても口を開かない。
「花巻のあほ」
「えー、何いきなり…」
「意気地無し、馬鹿ちん。そんなんじゃ一生彼女できない童貞のままだよ」
「おい!女の子がそんなこと言っちゃいけません!」
ハァとまた大きくため息をついて、反対側の手も花巻の冷たい頬に当てた。そのままこちらから目をそらさなくさせるようにガシッと顔を固定させる。焦り出す花巻とは違って私は何だかイライラしてきた。
「高校生にもなって雪合戦しだす女に一緒になって盛り上がれる花巻って良い奴だと思う」
「なにいきなり、どしたの」
「クリスマス誘ってるのに何も言わないし」
「…パーティすんじゃないの?」
「クリぼっちパーティ?虚しすぎるよ!」
はぁ?お前が言い出したんだろーがと花巻が少し取り乱す。それから黙り込んだ私にはてなマークを浮かべた花巻は、一緒になって黙り込んでしまうからイライラは頂点に達した。
「ねぇ!何でわかんないの!?」
「おい勝手にキレんな」
「キレるわ!花巻が何も言わないから家に着いちゃう前にわざわざこんな所で寄り道がてら雪だるまも作ったんじゃん!」
声を荒らげながら掴んだ頬に力を込めると、ムギュッと頬が潰れた花巻がウグッと苦しそうに唸って私の両手を力ずくで離した。ムッとした顔で花巻を見る。握られたままの指先はかじかんでいて上手く動かせない。
「私は嫌だよクリスマス独りだなんて」
「俺も嫌だけど…でもお前いんでしょ?」
「いるだけじゃんー!なに!?花巻まだわかんないの!?」
「はぁ?そんな大きい声出すな」
「私は彼氏とクリスマス過ごしたいの!」
頬をふくらませて口を尖らせて花巻を見上げる。細い目をぱちぱちと何度も開閉させながらぽかんと口を開けて間抜けな顔をした花巻が「え、は?つまり、え?」とあほみたいに言葉にならない声を漏らしている。
「花巻は彼女欲しくないの?」
「………ほ、欲しい、です」
「私は彼氏が欲しいの」
「………」
ごくりと花巻が息を飲んだ。喉仏が大きく揺れる。短く息を吐いて心を落ち着かせて、再度花巻の目を見つめた。私の両手を掴んでいた手に少しだけ力が籠って、下を向いた花巻が「あーー」と声を出した後覚悟を決めたかのように顔を上げた。
「俺の、彼女に、なってくれませんか」
顔を赤くして途切れ途切れに言葉を発する。私の返事をドキドキしながら待っている花巻のその姿が面白くて緩む顔が抑えきれない。ニヤニヤと笑いながらお互いに見つめ続ける。先に耐えきれなくなった花巻がタコみたいに顔をさっきよりも真っ赤っかに耳まで染めて「頼むから今ここで遊ばないで欲しいんですけど」と困った顔をした。
「やっと言えたね花巻〜!」
繋いだ手を片方離して色素が薄くて短い髪の毛を撫でる。複雑そうな顔をしながらそれを受け入れる花巻は図体が大きい犬みたいでちょっと可愛い。
「その言葉をずっと待ってたよ、よろしくね彼氏さん」
「………………おう」
片手を繋いだまま腰をあげると、それに続いてゆっくり花巻も立つ。指と指を絡めるようにがっしりと握りしめて、高い位置にある花巻の顔を見上げると一瞬だけ目が合ってすぐにパッと逸らされた。
「もう、いつまでたっても言ってくれないから、雪だるま溶けちゃうところだったよ!」
ギュッと手に力を込めて歩き出す。半歩遅れて動き出した花巻が慌てて隣に並んで「俺にだってタイミングとかいろいろあんの」と口を尖らせた。
びしょ濡れになったコートはまだまだ乾くことはない。 けど雪を触り続けてかじかんだ指先はお互いの体温で少しずつ回復しつつある。繋がれた手を少し持ち上げて笑いかけると反対側を向かれてしまった。
「俺そういうの慣れてないから…突然可愛いことするのヤメテ」
髪の毛と同じ色にほんのりと色づいた頬がチラチラと見える。この時期の空気は冷たくて寒いはずのに、私たちの周りだけは少しだけ温度が高いのかもしれないなんてちょっと馬鹿みたいなことを考えた。こんなんじゃやっぱり、雪だるまはすぐに溶けちゃうな。
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