プロポーズリング


「最近ってこんなのがあるんだねぇ」


いつも通りの夜。二人してのんびりとソファでくつろぎながらテレビを見ていた。マグカップに入ったほんのりと温かいコーヒーは今の季節にちょうど良い温度だ。手のひらで包み込んでいたそれをそっと奪われ、そのまま隣に座っていた彼がテレビから視線を外すことなくマグカップに口をつける。


「婚約指輪は持つのってだいたい女性側だから、やっぱ男が勝手に選ぶよりも本人に選んでもらったほうがいいんじゃない?」

「そういうものかぁ」

「俺もどういうのが良いとか正直あんまりわかんないしな」


テレビが言うには最近はプロポーズの時リングを買わない人が増えているらしい。リングに嵌められていないダイヤモンドのみを買ってそれを渡し、リング部分のデザインは後日選びに行くなんていう方法もあれば、プロポーズ用のダミーリングを一度購入し、後日その店舗に好きなデザインのものと交換しに行ったり。他にも様々な形でプロポーズリングなるものが存在するらしい。


「この紹介されてるダミーリング可愛いね。でもこれ返しちゃうんだよね?せっかくプロポーズ時に貰ったやつなのに、それは何だかもったいないなぁ」

「そのまま持ってても良いやつもあるらしいよ」

「そうなの?」

「うん。後日指輪を買いに行くのは変わらないんだけど、その時にプロポーズリングとして買った料金分を特典として婚約指輪に付けられる制度とかもいろいろあるんだって」

「へぇ〜」

「これとか俺的に良い感じだと思ったんだけど、どう?」


近くにあった鞄に手を伸ばし、ごそごそと中身を漁った彼は丁寧に包まれていた小さな箱を取り出し、私の方へと差し出す。パカっと開かれたその中には、キラキラと光る小さなストーンのついたリングが収まっていた。


「可愛い」

「でしょ?」

「……けど、これって」

「プロポーズリング」


あっけらかんとそう言い放った彼は、「これ返さなくてもいいんだって。婚約指輪は毎日つけるようなものではないけどさ、これなら普段出かける時とかも普通に使えるよね?」と言って、私の左薬指にそれをはめ、「良かった。サイズぴったりじゃん」と安心したように呟いた。


「近いうちに二人で指輪選びに行こう」

「…………あ、の」

「ん?」

「つまり、これってそういうこと……だよね?」


あぁ。なんて表情ひとつ変えずいつも通りの様子の彼は、「うん。そういうこと」と優しく笑ってリングをはめた私の左手をそっと握った。


「結婚しよ」


畏まった言い方でもなく、ドラマとかでよく見るいつもより少し良いディナーだったり景色の良い場所とかでもない。いつも通りの言葉遣いで、いつもと同じこの場所でそう言った彼は、いつもよりも柔らかく微笑みながら私の顔を覗き込んだ。ゆっくりと頷いて、「うん」と短い声を絞り出せば、良かったと安心したような明るい声が耳に届く。ポンと頭の上に乗せられた手のひらは、いつも体温が低い彼には珍しく私と同じくらいに温かかった。


「なんか飲む?さっき全部飲んじゃったんだよね。いれてくるよ」

「私がいく」

「いいって。座ってな」

「……じゃあ一緒に行く」


立ち上がった彼の後ろについていき、キッチンに二人で並んで新しいコーヒーをいれる。終始無言の彼の様子が気になって、手元のマグカップから視線を外し顔を上げようとしたところで、大きな手のひらで目を覆われてしまった。


「なに?どうしたの?」

「……無理やり話題変えて離れようとしたんだけど、ナマエついてきちゃったから」

「え?」

「今の俺すげー顔緩んでると思うから見ないで。これでもかなり緊張してたんだよね」


熱い手のひらにそっと触れる。いつも何もつけていない左薬指にあるキラキラと光る存在にはまだ慣れない。


「婚約指輪と結婚指輪を重ね付け出来るやつ、あれ可愛かったよ」

「倫太郎くんの方が私よりも詳しいんだけど」

「そりゃめちゃくちゃ調べたからね」

「すごい」

「俺だって失敗したくねぇなとか、喜んでほしいなとかたくさん考えたんですよ」

「うん、ありがとう。嬉しい」


次の日曜日は空けておいてね。そう言ってゆっくりと左薬指にキスを落とした彼の手を握り返す。同じように私も彼の薬指に唇を落とした。次の日曜日にも、これからの彼と共に過ごしていく未来にも、楽しみが止まらなかった。


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