心からの感謝と祝福を


「寝た?」

「寝た〜。今日も大変やったわ」


ほっと息を吐く侑の横に眠る我が子は、指を咥えながらすやすやと眠りについていた。お疲れ様と声をかけると、侑は本当に疲れたと言わんばかりに大きく伸びをする。

ちょいちょいと手招きされ、ゴロンと横になった彼の意図を汲み取り子供を挟んで私も横になる。いわゆる川の字になって二人してポンポンと優しく子供のお腹を叩きながらどちらともなく笑みを零した。


「もう今日も残り少なくなっちゃったねぇ」

「今日に限ってちょっと寝付き悪かったからな」


力なく笑うその顔はもう立派なお父さんだ。侑が本当に父親になれるのかと周りはとても心配していたけれど、これ以上ないほどに立派に務めてくれている。


「あと少しで今日も終わっちゃうけど、改めて誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「去年は二人でディナーとか行ったよね、懐かしいなぁ」

「今年はどこにも行けんかったけど、来年はまた三人でどっかいこうな」

「来年はこの子もいろんなとこ連れて行けるしね」


ちょんちょんと鼻の頭を触ってみると、手をフルフルと動かし跳ね除けられた。「おい!せっかく寝たんやから起こすなよ!?」と侑が慌てるけれど、正直侑の声の大きさの方が起きてしまうリスクが高いと思う。


「……誕生日かぁ、なんかなぁ」

「なに?どうしたの?」

「んー、今までは俺が生まれた日やー!って、ただそれしか思ってなかったんやけど、なんか、今年はちょびっと感じ方が違うなぁって」


子供の頭を撫でていた手を伸ばして私の頭へと移動させる。ポンっと優しく乗ったそれをゆっくりと動かされ、どういうわけか気がつけば今度は私が頭を撫でられていた。


「子供が産まれた日って、絶対に忘れられんやん」

「うん、そうだね」

「死ぬほど頑張ったもんなぁナマエ」


目を細めると目尻が少し下がる。彼のその柔らかい笑い方がとても好きだ。彼の腕が背中へと回って子供ごと抱き寄せられた。その力は酷く優しく、節くれだった長い指と大きな手のひらはほんのりと温かい。安心感のあるそれに包まれながら、私も目の前で眠る子供を抱きしめた。


「俺のおかんもああやって俺達のこと産んだんかなぁとか思ったり、おとんもこうやって全然寝ない俺らに手焼いたんかなぁとか思ったりして。そしたらなんか、誕生日やって自分のことでばっか騒いどったけど、それよりもおかんとおとんに感謝せんといけんなぁって」


キュッと込められた腕の力に思わず泣きそうになった。小さく鼻を啜ったのがバレてしまって、少し驚いたように彼が笑う。


「これから先子供の誕生日迎えるたびにその日のこと思い出して、ナマエに産んでくれてありがとうって気持ちと、この子に生まれてきてくれてありがとうって気持ち抱くんやろな」

「うん。私もきっと、この子と侑の両方に感謝すると思うよ」


そっか。と短く呟いたあと、彼が「俺の誕生日やのに子供のことばっか考えてて俺たち気早すぎん?」なんて呆れたように笑う。その声が幸せに満ちていて、また瞳の表面がうるっとして視界が少しぼやけた。


「きっと今侑のご両親も同じ気持ちだろうね」

「そうなんかな。わからんけど、おかんとおとんに連絡しとくか」

「なんて?」

「今度帰った時見るから週末やる映画録画しといて〜」

「ありがとうって素直に言いなよ」

「直球すぎて流石に恥ずかしいやん」

「でもお母さんもお父さんも喜ぶと思うよ。侑もこの子が大きくなってからその子の誕生日にありがとうって言われたら嬉しいでしょ?」

「うわ、想像するだけで泣けてきた。もう何がなんでも絶対手放さんぞ」

「親バカだ」


でもやっぱ恥ずいから今度帰った時にさりげなくどっか飯とか連れてこ、と優しく眉を下げて言った。こんな夜に突然誕生日の息子から連絡が来たら、しかも普段そのような類のことをあまりしない侑から送られてきたら、きっとご両親も何かしらを察するだろう。

侑のこの気持ちがしっかり届きますようにと願いながら、もう一度腕の中で眠る我が子のことを抱きしめ直した。


「侑、生まれてきてくれてありがとう」

「おとんとおかんに感謝やなぁ」

「ふふ」

「あんたらが産んでくれたから、俺は今こうしてむっちゃ可愛え嫁さんと大事な子供抱えながら幸せやって思えとるでー」


チュッと可愛らしい音を立てて私の額に唇を寄せ、少し首を曲げて子供の頬にもキスを落とした。愛しそうに我が子を見つめるその優しい瞳がここに存在している事を有り難く思う。

彼の誕生日。彼がこの世に生まれた日。その意味と奇跡をしっかりと胸に刻んで、彼を取り巻く全てのものに今一度感謝を伝えたい。片腕を彼の背中へと伸ばして、もう片方の手で子供の小さな小さな掌を握った。彼も私と同じように反対側の掌をそっと包んで、二人で顔を見合わせ笑い合う。幸せだと、心の底から思えた。


「侑が生まれてきてくれて本当に良かった」

「ほんまに、生まれてきて良かった」


泣きそうになるほどに愛しいと思える、こんな感情を教えてくれた彼に、生まれてきてくれたことへの感謝と心からの祝福を。


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