拒まれる


今年の冬は暖かいなぁ。なんて言いながら過ごしていたというのに、いつの間にか気温は例年通りに戻って、凍えるような冷たい風が吹き荒ぶようになっていた。

クリスマスも無事に終わり、もう今年すらも終わってしまうという年の瀬。この時期はイベント事も多くただでさえ忙しいのに、仕事帰りには同僚たちとの忘年会まで入ってしまって、朝から晩まで休んでいる暇がない。


「……ナマエ?」


最寄駅の改札を抜けた時に、聞き覚えのある声がした。やけに暖かそうなモコモコのジャケットに包まれて、いつもよりもシルエットの丸い侑が驚いたようにこちらを見ている。


「侑。なんでここに?うち来た?」

「いや……この近くで忘年会あって」

「あー、店多いもんねこの辺り」


この凍てつくような寒さでも、アルコールは少しも飛んでいってくれない。酔った頭で、先月やっとのことで付き合い始めたばかりの大好きな彼氏を突然前にしたら、どうしても気分は上がってしまうというものだ。


「うわ、おま、やめろ」

「なんでよー」

「人おるやろ」


るんるんと足取り軽く近づいて、飛びつくように抱きしめて、キスを――しようとしたら拒まれた。


「外とか気にするようなタイプじゃないじゃん。なに?私に言えないやましいことでもあった?」

「んなわけあらへんやろ」


少し怒ったような侑の声に、じゃあ何と私も負けじと拗ねた声で対抗する。キスは拒まれたけどちゃんとハグは受け止めてもらえてるし、なんなら背中にも腕を回してくれている。

侑って普段の感じからして、外でもあまり気にしないタイプなのかもって思ってたけど、結構気にするタイプなのかな?前に近所のコンビニに行くだけなのにしっかり着替えてたから、意外とそういう人目とか気になるタイプなのかもしれない。

私もいつもなら絶対にこんなことは外でしないけど。今日は年甲斐もなくしたい気分だったのに、残念。


「じゃあうち行ってしよ」

「今日は寄らへん」

「明日休みって言ってなかった?」

「せやけど」


疲れてるのかな。単に乗り気じゃないのか。面倒だったりする?アルコールに侵された頭では余計なことがぽんぽんと浮かんでくる。ここで無理強いして嫌われでもしたらそれこそ最悪だし、ここは素直に引いておこう。

侑のモコモコに埋まって温かくなっていた頬に、悲しいくらいに冷たい風が叩くように吹き付けてくる。

私を見下ろしていた侑は、顔を上げた私の表情を見てどこか気まずそうにしながら「ナマエのこと嫌とか、そんなんじゃあらへんよ」と眉を寄せ、「酒飲むと考えとることすぐ顔出るのなんとかしろ」と言って、私の手を引き家の方向に歩き出す。


「……無理しなくていいよ?」

「そっちこそな」


こんなに寒い夜なのに、侑の手のひらはほかほかしたままだ。いくら防寒度の高い服を着ていても、末端くらいは冷えていてもいいのに。

力を込めると応えるように握り返してくれる。痛みを感じるほどに冷たくなっていた指先が、侑のおかげで感覚を取り戻した。


「先言っとくけど、俺今ニンニク臭いから覚悟しとけよ」

「そんなに?」

「めっちゃ臭い」


念を押すようにそう繰り返す侑の表情は真剣で、なんだかおかしい。小さく笑いながら「別にそんなの気にしないよ」と言ってみても、侑は「ほんまに大量に食ったし」と難しい顔のままだ。


「別に彼氏がニンニク食べて臭うからって幻滅したりしないけど」

「だからって」

「何?過去にそれで振られたことでもあんの?」

「ないけど」

「じゃあ気にすることないじゃん」


ただでさえ人通りの少ない道。こんな深夜には私たち以外の誰もいない。私の家はもうすぐそこにある。きゅっと繋いだ手を引っ張るようにして引き留めた。大丈夫って言ってるのに、未だ臭いを気にしたままらしい侑がゆっくりと振り返る。

冷たさで指先の感覚を失いつつある侑と繋いでいない方の手で、彼の頭を引き寄せる。少し悩むような様子を見せた後、観念したのか素直に背を曲げてくれた彼に背伸びをして口付けた。

私の唇は、店を出る時に塗ったリップグロスのせいでスケートリンクのような冷たさをしている。なのに侑の唇は、やっぱりこの季節のこの時間の気温をものともしていないように温かかった。そして、ニンニクの香ばしい臭いがする。


「お腹が空く香りだなぁ」

「うるさ」


お前は酒臭いわ。なんて照れ隠しみたいに笑った侑は、体温は高くてもやっぱり寒いものは寒いのか、肩をすくめてモコモコの襟元に口元を隠した。


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