離れられない


「恋愛ってなんやろうなぁ」

「……それは私に言っていい話?」


ゴロゴロと私のベッドに寝転がりながら、天井を見上げてそんなことを聞いてくる彼、宮侑は間違いなく私の彼氏のはずだ。周りのみんなが心配するくらいの割と本気で危なかったと思われる倦怠期も乗り越えて、ここ数年は特に何事もなく仲良くやっている。と、私は思っていたけれど、彼は何か思うところがあったりするのだろうか。


「付き合い始めの学生の頃とかは今思うとさぶいぼ立つような甘酸っぱーい空気出しながらキャッキャしとったよなぁって」

「言い方」

「あかん雰囲気脱却した後も目に見えて好きー!ってオーラ出し合っとったやろ」

「今はそれがないって言いたいの?」

「おん」


もはや私と侑は醸し出す空気感が熟年夫婦みたいになっているとよく言われるくらいに落ち着いたものである。そりゃ今でもドキドキもするし、いろんな場面で好きだなと思うことはある。でも、付き合いたての時のそれに比べればその色も少し違ったものになっていると思う。新鮮さは確かに私たちの間にはないし、これといって特別大きな刺激はないのかもしれない。それは私にも否定できない。否定できない、けど。


「……飽きた、ってこと?」

「そういうことでは無いんやけどー」


煮え切らない返事にバレないようにため息をこぼした。先ほどまで集中して見ていた今流行りのドラマの内容なんてもう頭に入ってこない。主人公たちの別れ話で泣きそうになっていたというのに、この部屋にもそのドラマと同じ空気が漂い始めそうな気がしてなんだか目頭が熱くなる。恋愛ってなんやろ。もう一度そう呟いた侑の方は向けなかった。黙り込んだまま次の言葉を待つ。


「そろそろ俺らも結婚するか」


まるで今日の夜に食べたいメニューを思いついたかのように軽く言い放った侑は、そのまま「そうしよそうしよ」なんて言いながらヨッと弾みをつけベッドから起き上がった。私は想像していた言葉とは全く逆の言葉に呆気に取られながらポカンと口を大きく開けることしか出来ない。気が緩み、我慢していたはずの涙が一筋頬を伝うと同時にこちらを向いた侑が、「何泣いとんの」なんてギョッとした顔をする。


「結婚するかって、何」

「そのまんまの意味やけど。あっ、それで嬉しくて泣いとんの?可愛ええとこあるやん」

「いや、違うけど。飽きたから別れるって話じゃないの?」

「はぁ?別れる?何アホなこと言うとんの」


不機嫌そうな表情をしながら声を荒げた侑は、ベッドから降りて私の正面へ腰掛けると頬に伝った涙の跡を親指で拭った。「ナマエ、俺と別れるかもって心配になって泣いたん?」なんて、少し揶揄うように言うのに、侑が纏う空気はものすごく優しく、柔らかい。


「俺は今でもナマエにドキッとすることはあるし、好きやーって思える場面とかたくさんあるけど、もし、もしもの話やで?仮にナマエに対してドキッとしなくなったとして、爺ちゃん婆ちゃんになって体力無くなってセックスとかも何も出来んくなっても、でもそれでも隣には居って欲しいなぁーって、思うやん。恋愛とかそういうの抜きにしても、もう離れんのとか考えられんやん」


な?と首を傾げて確認してくる侑を見た途端、もう一度大粒の涙が頬を伝った。これは、さっきとは違って嬉しい涙だ。侑もそれをわかっているようで、少し恥ずかしそうにしながらもう一度親指でそれを拭ってくれる。


「何がどうなってもナマエと離れる未来なんてないんやし、ならもう結婚しよかなって」

「そんな、思いつきでいきなりプロポーズしてくるのやめてよ」

「せやなー、今ふと思いついたから指輪もなんも用意してないわ。後日用意したらもっかいちゃんとプロポーズするか」


はははと大きく笑いながら、私を正面から抱え込んだ侑は、フッと小さく息を吐いて呼吸を整える。


「で、返事は?」

「もう一回プロポーズしてくれた時じゃなくていいの?」

「あー、その方が良えわ。そうしよ」


楽しみやーと穏やかな声を出した侑は断られることなんて一ミリも考えていないようだ。実際に断るなんてことはしないけど。私の返事を聞く前でも彼にはもう私と過ごす未来のビジョンが見えているようで、それがとても嬉しく感じる。


「もう今の時点でいろんな感情抜きにしても一緒に居るのが当たり前な存在になっとるけど、でもまだまだ俺はこうやってナマエが笑っとるとこ見ると好きやわーって思うし、嬉しそうに泣いとるとこ見ると愛しいなぁーって思うし、まだまだ体力あるしいっぱいセックスしよってなるから安心してや」


言い終わると同時に額に優しくキスを落とされる。楽しそうに笑う侑を見て胸が高鳴る。私も好きだと思う。返事は次のプロポーズの日にすると言ってしまったから今は何も言葉では伝えないけど、私も同じ気持ちだという思いを込めて、目の前の心から愛しいと思える彼のことを強く抱きしめた。


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