理解しようとしてくれる
「……聖臣、そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
ナマエは朝からせっせと手先を動かして、ポーチの中から出てくるたくさんの道具を使って化粧を施していく。肌、目、眉、唇。顔の至る所に一つ一つ違う化粧品を使いながら。見てるこっちとしてはこれらがどういう役割を果たすのかは正直あまりよくわかってはいない。
しかしたった数十分で雰囲気がまるで変わる。ぽけっとした印象のある、どこか幼い面影は今はもう一切ない。女ってやつは怖いもんだな。なんて思いながら、目の上がきらきらとしていく様を眺めた。
毎朝そんな時間をかけて面倒な行程をしなくたって変な顔じゃねぇのに。そう思っていた最初は化粧ってやつを良く理解出来なかった。正直今でもそこまで理解してはいないが。だがそれをモチベーションにしてオンとオフのスイッチを切り替えるナマエを見ていると、毎日のルーティンとして確立しているその行為に対する心理は少し解った気になる。
体調管理、試合後のストレッチ、毎日の柔軟、サーブ前の一呼吸。そうやってより良く、またはいつも通りでいる為に行う行為はどうしてやるのかと言われったってうまく説明ができない。俺のそれとナマエの化粧を同じように考えるのはもしかしたら少し違う問題なのかもしれないが、それでもその意味わかんねえものを自分なりに理解しようとするとそうやって自分に置き換えて考えるのが一番良い。
「どう?今日の私可愛い?」
「いつもと変わんねぇ」
「え、ひど」
「でも目尻のそのよくわかんねぇ赤いのはいいと思う」
この前嬉しそうに新作のアイシャドウとかいうやつを買ったと嬉しそうに報告してきたが、今日はそれを使ったんだろうか。淡い色使いを好むこいつにしては少し派手で見慣れないが、これはこれで似合っている。
気分や流行り、洋服に合わせて毎日少しずつ違う色を乗せて、雰囲気まで変えていることもある。使い慣れていないはずの色も難なく使いこなす。その技術は一朝一夕で身につくものだとは思えない。
化粧をしてもしなくてもナマエに対する印象は変わらない。何もせずに外で隣を歩いてたって俺は別になんとも思わない。だが、毎朝毎朝、何年も続けてきたからこそ得たその技術を駆使したナマエを見るのは気持ちが良いとも思う。
細かいことはわからないし、どっちだって良いとは思っちゃいるが、「いつもちゃんと見ててくれてありがとう」と、寝起きよりもだいぶキリッとした顔で笑うその姿は、ちょっとばかし気に入っている。
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