休日の朝
ふにっ、と指を突き立てすやすやと眠る彼のほっぺを数回押してみる。むにゃむにゃと口を動かしながら、苦しそうに顔を歪める姿を見てクスクスと笑っていると、「今何時……?」と掠れた細い声が部屋に響いた。
「十一時」
「んー、もうそんな時間なん」
普段は朝早くから仕込みを行っているから、たまにある休みの日はいつもぐっすりと寝ている。もそもそと起き上がって「めし……」と一言呟いた治くんに笑いながら、出来てるよと声をかければ「ありがとう」と言いながらもその場から動かない。
「眠い、あかん」
「もう少し寝る?」
「んー、起きる……」
ぐわんぐわんと大きな体を揺らしながら夢と現実の狭間を行ったり来たりしている。顔をくしゃくしゃに歪めて「めし……眠……めし……」と睡魔とと戦い続ける微笑ましい姿をしばらく見守っていたものの、ついに耐えきれず吹き出してしまった。
「あははは」
「ぐぅ……人が必死になっとるんにそうやって笑うんや」
「赤べこみたいで見てて面白いよ」
「んぬぁ〜〜……」
良くわからない何とも言えない声を出しながら、無理やり伸びをして完全に体を起こしきった。そのまま勢いよくベッドから降りて、脇に座っていた私の腕を掴み立ち上がらせる。
「飯は温かいうちに食べな」
「結局やっぱりご飯が勝ったね」
「いちばん美味い時に食べたいからな」
「でも二度寝も気持ちよくない?」
「そう言われるとそうやな〜……でもまずめしが良え。そんでそれから二度寝する」
「ふふ、欲張りだ」
ゆっくりと振り向いた治くんが、「せやから食ったら一緒に寝よ」とまだ完全には覚醒しきってない顔でふにゃふにゃと笑うから、「そうしよっか」と釣られてへらへらと笑い返して、まだ湯気の立つ朝食の用意されたリビングへの扉を開けた。
たまにはこうやって、一日中二人でごろごろする休日を過ごすのも悪くない。
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いつもなら平日とほとんど変わらん時間に起きているナマエが今日はなかなか起きて来ない。逆に休日は昼近くまでぐっすり寝てしまう俺は、今日に限って早く目を覚ましてしまい、二度寝をしようにも完全に目が冴えてしまったので早々に起きていつもよりも少し長い休日の朝を一人楽しんどった。
飯も作り終わったし、今の段階でできる範囲の家事の諸々も終わった。あとはナマエが起きてくるだけや。寝室のドアをそっと開けてみる。が、ナマエはビクとも反応せん。近寄ってベッドサイドに腰掛けてみる。スプリングがギシッと歪な音を立ててもナマエは目を覚ます気配がなかった。
「珍し」
ふにふにと大福みたいなほっぺたを突いてみる。弾力のある温かいそこは程よく沈んで、柔らかい肌が指先にまとわりついた。
「……ナマエ〜」
こそこそと話をする時くらいの小さな音量で名前を呼んでみる。少しだけモゾッと動いた彼女は「ん、」と可愛らしい小さな声を漏らしたけど、やはり起きる気配は一向にない。
「………」
今度はむにっとそこを軽く摘んでみた。ほんまに大福みたいに伸びるな、と面白くなりながらその気持ちよさを堪能しとると、さすがのナマエも「ん〜……」と先ほどよりも不快そうな少し大きな声を出して身を捩った。
「おはようさん」
「……おはよ、いまなんじ?」
「もう十時半」
「もうそんな時間か〜」
なんとか上半身を起こしたナマエは、ふらふらと振り子時計のように体を揺らしながら「だめだ〜今日すごいねむい」と辛そうな声を出す。
「また寝る?」
「ううん」
「飯できとるよ」
「たべる」
「んじゃ早よ起きて」
「ん〜、でも、もうちょとだけこうさせて」
寝ぼけ眼を擦りながら、のそのそと近づいてきたナマエはそのまま倒れかかるようにして俺の背中に覆い被さる。身体の後ろ側がぽかぽかとあったかくて気持ち良え。この雰囲気に流されるようにしてなんだか俺までまた眠くなってきた。
ちょっとだけ体を後ろにひねって、肩の後ろにくっ付けられたほっぺたをさっきみたいにフニフニと押してみる。ゆっくりと顔を上げたナマエは、まだまだ眠たそうにとろんと蕩けさせた瞳をこちらへと向けて、思わず全身の力が抜けてしまいそうなくらいにふにゃふにゃとした笑顔を見せた。
「なんその顔、かわい」
「いきなり何?」
「いつも思っとるから別にいきなりでもないけど、思わず口に出してしまったわ」
「え〜?朝から恥ずかしいなぁ」
ヘヘッとちょっとだけアホそうな笑い声を出したナマエの、ほんのりとピンク色に染まった頬をもう一度強く押した。
寝起きの掠れた声が好き。起きてすぐのへなへなな表情とか、覚醒しきらん頭で辿々しい言葉を舌ったらずに発するナマエのことを、他のやつは知らんやろ。昼間よりも少し幼くて、ちょびっとだけ迫力のないすっぴんの顔とか、全てを投げ出して俺の背中に腕を回しながら気持ちよさそうに眠る姿とか、こうやって完全に油断しとる表情とか。
心を許しきっとらん他人には絶対見せん姿を、躊躇いもなく曝け出してくれる。それがこんなにも嬉しいもんなんやと知ったのはこいつに出会ってから。
顔を触らせるなんて、心預けとらんとなかなか許される行為やない。最後にムニムニと感触を確かめるように数回遊んで、「冷めんうちに飯くお」と優しく頬を撫でた。俺の後について歩くナマエが少し高音の掠れた鼻歌を響かせるのを聞きながら、まだあったかいスープを皿に盛った。
何気ない休日の朝。この日常を"いつも通り"だと言える、その贅沢を噛み締める。あったかい飯と共に。
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