努力
「努力」。一体なんでそんなに当たり前の事を掲げているんだろうと思った高一の春。
「努力」。口で言うのは簡単だけれど、それをしっかり行動に起こした上で最後までやり遂げられる人間は実はそこまで多く無いということを悟った高一の冬。
「努力」。それでも俺の周りにはそれを当然のようにこなす人達が沢山いて、その行いや考え方が"当たり前"でいられることがどんなに心地よくて恵まれていることなのかを実感したのが高二の夏。
「努力」。一日も欠かさずに、気をつけ、日常的に積み重ねたとしても悔しい結果となってしまうこともあると知った高二の冬。
「努力」。最も初め易く最も難しい行い。シンプルでいて且つ難易度の高いもの。
そんな言葉を胸に刻んで生きてきた。俺たちは、今もしっかりそれを当たり前だと思い込みながら毎日を過ごしている。
「元也ってさ、やっぱたまーに頭おかしいよね」
「そう?どこが?」
「ほら、佐久早くんがいるからトータルでは勝てないってリベロに転向するとか言い出した時もさ、正直、何言ってんの?って思った」
「え〜、そんなこと思ってたわけ?」
「思うでしょ、普通」
何かを好きでいるということは、それ相応の努力が必要だ。その対象に捧げる熱を下げないようにこちらも調節する。一旦落ち着かせたり、時に激しくしたりして常に関心を絶やさないように。
さらにそれが対人間であった場合は相手に受け入れてもらうために自分がどう出るか、どう見えるかの思考も必要になってくるからより難解だ。
バレーを続ける、好きでいる、上を目指す。誰かを好きでい続ける、熱を冷まさない、冷めさせない。
もう一度言うが、何かを好きでいるということは努力が必要なのだ。好きでいるために、関心を持ち続けるためにどうすればいいのか常に考える。すなわちそれは、その対象に執着し続けるいうこと。聖臣みたいにあんな極端には考えてはいないが、きっと俺も似たような考え方を持っているんだろう。
「佐久早に勝てないからってわざわざ転向しなくても、そのままでも十分元也は良い成績残せたと思ったんだけど」
「そうかもなー。でもさ、そのまま続けてたらきっといつか壁にぶち当たるじゃん?」
「リベロでも同じじゃない?」
「そりゃそうだよ、こんだけやってれば壁なんていくらでもあるって。落ち込むこととか、悔しいこととか。それこそもう嫌いになりそうとか何回も思ったし」
「じゃあ、なんで?」
「んー、なんて言えばいいかなぁ 」
いろんな理由がある。より上のレベルを目指すとなると、近くに絶対に勝てないであろう相手がいるということは絶望でもある。だけれど理由はそれだけじゃないし、そんな絶望は俺が乗り越えていけばいいだけだとも思っているから実はそんなに重要視していなかった。
むしろこっちの方が大事。もしも、俺がいつかバレーボールを嫌いになったとして。その可能性に一ミリでも聖臣が関わっているなんてことはしたくなかった。俺がバレーボールを好きでいる努力を辞めたことで、聖臣の気持ちを少しでも濁らせたくなかった。どちらも手放さない。そして俺自身も納得がいって、一番バレーに執着し続けられそうな、最善の選択をしたまでだ。
「元也って佐久早のこと大好きだよね」
「まぁそうだけど、あんまり肯定したくないなー」
「相変わらず仲がよろしいことで」
「なんだよその顔。不服か?」
「いや?私もそのくらい想い続けてもらえるようにもっとがんばろーって思っただけ」
ぐっと背伸びをしたあと体重をこちらに預けて気持ちよさそうに目を瞑るその頭をゆっくりと包み込んだ。少し前にここに来た時は違う匂いがしていたのに、今は同じシャンプーの匂いがする。彼女の纏うもこもこのルームウェアに顔を埋めて同じように目を閉じた。こっちが気を使った分、同じように返してくれる。この関係性が心地良い。
当たり前のように好きでいるためには、当たり前のように好かれなくてはいけない。当たり前のように好かれるためには、当たり前のように好きでいなければならない。
そのための努力を、俺は今日も怠らない。
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