思考に滑り込む


※合同夢企画connect様に提出させていただきました


「月島くんってイケメンだと思いません?」

「えっ」

「そう思わない?」

「思う、けど」


斜め前の席に座っている山口がぐりんと音を立てるようにして勢いよく振り向いた。けど、なんだ。とても気まずそうな顔をしながらキョロキョロと視線をあっちにやったりこっちにやったり。なかなか定まらないそれに若干のイラつきを覚える。


「背も高いじゃん?」

「そうだね」

「黙ってればかっこいいじゃん?」

「黙ってればって…」

「蛍っていう名前も可愛い」

「えーっと、それは、うん、まぁ」


煮え切らない答えだ。というか話振るのやめろってちゃんと断りなよ。相手の出方を伺い続けるその姿勢にやっぱりイライラする。


「月島くんって本当にモテる要素しかないなぁ」


そうだね、と頬を掻きながら同意をする山口はアハハと乾いた笑みを漏らした。早く開放されたいと若干表情に疲れも見える。言いたいことがあるのならばハッキリ口に出せば良い。それにまたイライラとする。


「でも性格は悪いからそこが大きなマイナス!」


こんな会話を僕の目の前でするこの女にも、だ。


「ねぇちょっと、何なのさっきから」

「何って何が?」

「そういう話は僕のいない所でしてくれない」

「えーっ、でも人からの評価って気にならない?」

「ならない。僕は僕だから」


本人の目の前でかっこいいとか可愛いとか性格が悪いとかそういう話をしようと思えるその神経がすごい。馬鹿も度を超えると尊敬に値する。断れないのは悪いとは思うけどこんな馬鹿に巻き込まれる山口にも一応同情はする。だけれど目の前でこんな風に自分のことを話されている僕に一番同情して欲しい。

入学して少し経ったくらいにこの変な女に「君かっこいいね、名前なんて言うの?」なんて声をかけられた。無視して歩いたけどそれでもしつこく付きまとってきた。なかなかのメンタルの持ち主だと関わった初日からある意味尊敬はした。それからずっと事あるごとに僕のことを褒めてくるが、語彙力がないのかかっこいいね、可愛いね、モテるでしょの三点セットだ。せめてもう少しバリエーションを増やしてから臨んで欲しい。


「月島くんは見てるだけでとても元気が湧くね」

「動物園の動物みたいな扱いしないでよ」

「え〜、良いじゃん。居るだけでいいんだよ!?」


ハァとため息をついて次の授業の準備をする。無視だ無視。馬鹿の話し相手をするのは体力を使う。あからさまに面倒くさいですという態度を取っているのに、隣の席に座るミョウジはそんな事などものともせずに変わらず話しかけてこようとする。いい加減空気を読むという行為を覚えて欲しい。学校はちゃんとそういうことも教え込むべきだ。


「つれないなぁ」

「だいたい、僕の容姿が整ってると仮定しても、だからってそんな芸能人みたいに崇めるほどではないでしょ。上には上が沢山いるんだから」


不機嫌な態度を隠そうともせずに少し早口に一息で言い切ると、キョトンと元々阿呆そうな顔つきをした彼女がさらに輪をかけて阿呆そうな表情になる。少しだけ面白い。絶対言ってあげないけど。


「でもさぁ、私のタイプどんぴしゃなんだよね月島くんの顔が。すごい好きなの」


ぱちぱち。なんてアホっぽい音が鳴るような瞬きを思わず繰り返した。僕がタイプの顔?今までそういう類の話はされてこなかったので思わず動きを止めてしまう。モテそうだとかかっこいいだとかは確かに沢山こいつに言われてきた。が、それには深い意味はなく、ただその場で抱いた第三者的な感想を伝えられているという軽い感じだったのに。


「………………」

「どうしたの?」

「なんでもない」

「変なの」

「うるさいな」

「こうやってハッキリ伝えると照れるのも可愛い」

「…あのね、可愛いって別に褒め言葉じゃないから」


顔を見られないように肘をついて反対方向を向いた。馬鹿の話を聞いていると馬鹿が伝染る。関わらない方が身のためだ。どうしてこのクラスにいるくせにこんなに馬鹿なんだろう。勉強はできるはずなのに。


「ふふふ」


一体何が楽しいんだか。視線を彼女の方にゆっくりと戻すととても嬉しそうな笑顔が飛び込んできた。どうしてそんなに満面の笑みなのか。気持ち悪いから理由を教えて欲しい。


「月島くんは無理やりにでもガンガン行った方がいいのかなーって思ってこれまで頑張ってきたんだけどさ」

「…………」

「やっぱり効果少しはあるよね?」

「どういうこと」


意味がわからない。効果って何。わからないけど何となく嫌な予感がする。ザワザワと胸の奥がどよめいて、竜巻が起こるみたいに思考がぐるぐるしてきた。


「いきなりタイプなんだよねって言っても無視で終わっちゃうでしょ?月島くんは無慈悲に女の子を振りまくるじゃん」

「…希望もないのに優しくする方が残酷でしょ」

「うんうん。だから、どうやったら近づけるのかなぁって考えたの」

「……………」

「突き返されたとしても冗談っぽくずっと付きまとってれば、月島くんは優しいから馬鹿な奴って何だかんだで受け入れてくれるかなーって」


どんどん自分の顔が歪んでいくのがわかる。眉間にシワが寄る。奥歯を噛む力が強くなる。目の前でニコニコと楽しそうに笑い続ける彼女を睨むように体ごとそちらを向いた。


「かっこいいね!月島くん!」


私ね、本気で月島くんのこと好きって思ったからいっぱいいっぱい考えたの!と楽しそうに告げるその声も表情も全てが憎い。確かに最初からそうやっていきなり好きだと告げられていればいつものように一言でバッサリ切り捨てられたはずだ。今だって、ここで切り捨てればそれで済むはずなのに。


「………馬鹿、じゃないの」


切り捨てるには関わりすぎた。完全にやられた。山口とも仲が良いし。毎日のように話しかけてきて、軽くあしらっていたけど特にこれといった害は無かった。ウザいなと思いつつ今思うとどこか油断している部分も確かにあったのかもしない。


「ビックリした?私ね、最終的には月島くんと付き合いたいから、これからも頑張るね」


くそ。油断したところを突いてくる。どこまでが計算でどこまでが素なのかわからない。好きだと言われようが付き合いたいと言われようが無理だと一蹴すれば良いじゃないか。なのに「月島くん顔真っ赤だよ」とケラケラ笑う彼女に「うるさいな」と力なく答えるしか無かった。嫌味を言う気力もない。

ムカつく。馬鹿じゃないのか、ミョウジも僕も。まんまとやられた。僕は彼女のことなんかミリも好きではないはずだ。だけど毎日話すような女子なんて存在は部活のマネージャー以外に今までいたことなんかなくて、図らずも少しだけ受け入れてしまったそんな異性にこうして上辺以外の好意を伝えられたことは初めてだった。どうしていいかわからなくなるに決まっている。


「やっぱ山口くんの言ってた通り、月島くんは真っ向から向かってくる素直な人に弱いんだね」

「え!?………このタイミングで俺を巻き込まないで」

「山口、どういうことなの」


先程からそそくさと前を向いて逃げていた山口がもう一度こちらを振り返った。いつものように頬を掻きながら「え、へへ」と何とも気まずそうに笑い始める。

ハァーと先程よりも深くて重くて長い溜息をついた。こんな馬鹿二人に僕は振り回されているのか。冗談じゃない。認めたくない。なのにバクバクとうるさい心臓は止まることがなかった。

ムカつく。馬鹿だと思ってたけど案外馬鹿ではなかった。でもやっぱ馬鹿だ。あーもう。どこまで信じていいのかも、本気なのか冗談なのかも分からない。冷や汗が出る。恋とかトキメキとか一切ないけど、目の前で面白そうに笑う彼女が思考回路を支配して詰まらせる。


「ね、そろそろ私で頭いっぱいになった?」


これは嫌な予想だ。こんな考えが一瞬でも湧き上がってしまった自分が悔しい。僕は無意識にこの馬鹿を受け入れてしまっていた。次はどうなる。この馬鹿のこの気持ちも無意識に受け入れてしまうんじゃないのか。こんなことを考えてしまってはもうそれに片足を突っ込んでいる気がしなくもない。悔しい。そして憎たらしい。ここまで計算で滑り込んできた彼女も、反論もできない自分も。


「……勘弁、してよね」


口から出た言葉は彼女に向けたものなのか、今後の自分に対して向けられたものなのか、今の僕にはもうわからなかった。


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