ラジオネーム@彼氏大好き


彼氏のどこが好きかと聞かれたら、好きなものが全くぶれないところだと答えるだろう。

もちろん他にもたくさん好きな部分はある。優しいところとか、面倒見が良いところだとか、気を遣えるところだとか、あげていけばキリがない。

だから毎日毎日、放課後も休日もほぼ休みなく部活に熱心に打ち込んでいても、私は何も不満はないのだ。ありはしない。

と、思っていた。はずなのに、もう少しだけ一緒にいる時間も取れないかなあとか、別に一緒に過ごせなくてもいいからせめて電話とか、もう少しできたら良いなあとか、そんなことを近頃思ってしまう。

彼には部活をおろそかにしてほしくはないし、好きなことに全力で取り組んで欲しい。だけど、少しだけ寂しい。全く矛盾している。


「好きってわがままで難しいな」

「なになに、恋愛相談?」


日直日誌を書き続ける彼の大きな手を見つめながらボソッとこぼした。私の言葉に目敏く反応した鉄朗が、「話してみ?」と視線を一瞬こちらに向ける。


「……彼氏は本当に部活で忙しいから仕方ないし、私もそこはよくわかってるつもりなんですけど、でも実は最近ちょっとだけ寂しいなぁとか思ってて〜」


深刻な雰囲気にはならないよう、ふざけるように語尾を伸ばしてみる。


「それはいくら忙しいからって寂しくさせちゃってる彼氏さんが最悪ですねぇ〜」


鉄朗は眉を顰め苦笑いを浮かべながら、私の意図を汲み取ってくれたのか同じように明るく返してくれた。


「最悪って。意外と厳しい意見ですね」

「そりゃいつだって俺はラジオネームミョウジナマエ@彼氏大好きさんの味方ですから」

「ラジオなのこれ」

「そー」

「誰が聞くのこんなの」

「俺とナマエ」


こんな話は誰にも聞かれたくはないけど、リスナーが自分たちのみなラジオも最悪だと二人してケラケラと笑い飛ばす。


「でもくろーてつろー@バレー大好きさんの頑張る姿が好きなので、全力で応援してるんですよ。でも本当に好きだからこそ寂しさも感じちゃってー」

「ちゃんと解ってまーす」

「だから全然、こっちのただの矛盾したわがままだから気にせず聞き流してくれてもいいですからね」

「それは出来ませんね」

「……ごめんね」

「謝んなって。これはフォロー怠って寂しいと思わせてる彼氏が圧倒的に悪いだろ」


書き終わった日誌を閉じ、カバンを持って立ち上がった鉄朗を見上げる。

彼の手のひらは私よりも二回りほど大きくて、バレーボールも簡単に掴めてしまう。頭の上に乗ったそれがクシャクシャと髪を混ぜるように動かされた。撫でているというよりも、もはや私の小ささを確認されているといった様子に近い。


「ごめんな」

「ううん。私の方こそわがまま言ってごめん」

「こんな可愛いわがままならいつでも言って欲しいと思ってます」


誰もいなくなった廊下で隠れるように手を繋ぐ。あまり校内でこういうことをしないから、誰にも見られていないとはいえほんの少し恥ずかしい。


「実は俺も最近寂しくて限界迎えそうなんだよな。今日は残れる?」

「うん」

「じゃあ、部活終わるまでちょっと待ってて」

「うん」


控えめに繋がれていた指先をぎゅっと握り直される。いつもは遠くから吹奏楽部の練習する音が聞こえてくるのに、今日に限って活動が無いのか、この廊下には私たち二人分の足音しかない。こんなにも静かだと高鳴る心臓の音さえ響き渡ってしまいそうでハラハラする。


「てかさっきの、ラジオネームミョウジナマエ@彼氏大好きさんってなに。勝手に@の後つけないでよ」

「事実だろ」

「……まあそうだけどさ」

「お、素直ですね」

「…………」

「照れてますね」

「もう待っててあげないよ」

「ダメで〜す。一回うんって言ったからもう取り消せませんー」


わざとらしく口を尖らせた鉄朗に笑うと、彼も同じように笑ってくれる。


「次からそういうのすぐ言えよ。もうこの先寂しいなんて一切思わせる気ないけど」

「強気」

「くろーてつろー@バレーと彼女大大大好きくんなんで」

「自分で言うんだそれ」

「おう」


日誌を提出して部活に行く鉄朗を昇降口まで見送る。姿が見えなくなるギリギリのところで振り返って手を振ってくれて、それに私も大きく振り返す。

今は二人きりになれる時間が確かに少なくて、それに対してちょっと寂しい気持ちは相手を好きだからこそやっぱりある。でも好きでいてもらえてるかとか、こんなに忙しい中じゃ荷物になるから別れた方が良いんじゃないかとか、不安や心配はこれっぽっちも浮かばない。それは鉄朗が私のことをいつも好きだとしっかり口にしてくれるからで、こうやって申し訳なく思って我慢しすぎずにしっかりと本音を伝えても、彼が面倒くさがらずに受け止めてくれるからだ。

グラウンドで活動している野球部の掛け声は昇降口にも響いてきていた。体育館で今日も部活に励んでいるであろう大好きな彼氏に心の中でエールを送って、誰もいない廊下を図書室を目指し走っていく。

頑張って欲しいけど寂しさはある。こんな矛盾しているわがままな感情も、相手のことが好きだから抱くものだと、私もわかっている。彼もわかってくれている。


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